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第2話


 神にツッコミを入れたところで、俺の意識は遠くなり……そしてまた、だんだんと意識が覚醒してきた。

 自身の両手を見ると、修行の果てにゴツゴツとしてしまった手ではなく、まだプニプニの幼い手になっていた。

 どうやら俺は、無事に過去へと飛んだようだ。


「やったあーーー!! 今度こそ山籠もりなんかしないで、女の子とイチャイチャしまくるぞーーーーー!!」


『こら。違うじゃろ』


 大声で喜んだ途端、上から声が降ってきた。

 見上げると、小さいサイズになった神がふわふわと浮かんでいる。


「うわっ!? なんで神がいるんだよ!?」


『世界の命運が掛かっておるのじゃ。様子を見るに決まっておるじゃろう。ときどき助言もしてやるのじゃ。安心せい。儂の姿はお前にしか見えておらんからのう』


 俺が心配しているのは、神が他人に見られるかどうかではなく、俺のプライバシーなのだが。


「さすがに常に神に見られてるのは、監視されてるみたいで嫌なんだけど?」


 俺が神にありのままの気持ちを伝えると、神は神妙な面持ちで首を横に振った。


『その神という呼び名は他人行儀すぎるのじゃ。一緒に惑星を救う仲なんじゃから、気安くゴッちゃんと呼ぶがいい。ゴッドのゴッちゃんじゃ』


 真顔で何を言っているのだろう、この神は。

 俺はプライバシーをくれという話がしたいのに。


「常に見張ってなくてもいいって。神は他にもやることがたくさんあるだろ?」


『儂のことは気にするな。常に隣にいてやるから安心するがいい。あと、ゴッちゃんと呼ぶのじゃ』


 監視しないでくれという意味で言ったのだが、神には通じなかったみたいだ。


「……あんたは暇なわけ?」


『暇なわけではない。世界を救うことが最優先事項じゃから、他の用事を後回しにしているだけじゃ。あと、ゴッちゃんじゃ』


 この神は、神と呼ばれることが嫌いなのだろうか。俺は呼び方にこだわりなんか無いから、ゴッちゃんでも別に良いが。


「ゴッちゃん、俺は一人でも平気だぞ?」


『そう遠慮をするでない』


 遠慮ではなく、ゴッちゃんが隣にいたら女の子とイチャイチャし辛いから離れてほしい。

 ゴッちゃん自体が可愛い女神様ならまだしも、ただの爺さんだし。


「……まあいいや。それより現状把握だ」


 きっと今、何を言っても、ゴッちゃんは俺のそばから離れてはくれないだろう。

 それなら俺が一人でもスキルを集められるところを見せよう。

 そうしたら安心してそのうち離れてくれるはずだ。

 今は焦らずに、事態を把握するところから始めよう。


「身体の感じから考えて、子どもだよな? この背の高さは……十歳くらいか?」


 俺は近くの木に手を伸ばして、自身の身長を確認した。

 このくらいの身長なら、山籠もりをする前のはずだ。


『そうじゃ。今日は、お前のスキルが明らかになるスキル判定式の当日じゃ』


「俺はこれからスキルホルダーという謎スキルを宣言されるわけか。じゃあその場でスキルホルダーの使い道をみんなに説明すれば、俺のスキルは無能じゃないって分かってもらえるんだな!?」


『馬鹿者。そんなことをしたら、お前は要注意人物として排斥されるじゃろう。他人のスキルを奪うんじゃから』


「あ、そっか。誰もスキルの使用が悪いことだとは考えてないんだもんな」


 人間はスキルを便利な能力として、ありがたがって使用している。

 そのスキルを奪う能力を持っているなんて知られたら、殺されるまではいかなくても、確実に監視対象になるだろう。

 常にゴッちゃんに見られているだけでも嫌なのに、さらに他の人間にまで監視されるなんてごめんだ。


「じゃあスキル名で使い方がバレないように、スキル判定式ではゴッちゃんが偽のスキル名を表示させてくれたりするのか?」


『儂は特に何もしないのじゃ。お前は過去と同じくただ無能スキルを授かったフリをすればよい』


「そうか、偽のスキル名で誤魔化す必要すらないのか」


 誰もスキルホルダーがどんな能力なのか分からなかったからこそ、俺は山籠もりを決めたのだ。

 あのとき誰かがスキルホルダーの使い方に気付いてくれていたら、俺は山に籠もらずに女の子たちとキャッキャウフフ……って、使い方がバレたら監視対象になるんだった。

 つくづく厄介なスキルを引いたものだ。


「なあ、ゴッちゃん。どうして俺がスキルホルダーに選ばれたんだよ」


『運じゃな』


 運かよ!?

 俺が選ばれた理由があるなら、まだ使命感を持てたかもしれないのに。

 ただの運で世界の命運を握るスキルを授けられてしまうなんて、俺はなんて運が悪いんだ!


『さあ、フィンレーよ。見事スキル判定式で無能を演じ、こっそり他人のスキルを奪うがよい』


「俺、悪者みたいじゃないか?」


『バレなければ悪者扱いはされん。こっそりやるのじゃ』


「やっぱり悪者みたいな動きなんだけど……」


 世界のためとはいえ、他人からこっそりスキルを奪うなんて少し気が引ける。

 だって有能スキルによって活躍している人は、俺にスキルを奪われることで職を失うかもしれないのだから。


『スキルはあくまでも神から授かった力じゃ。そんなものが無くても、努力によって剣も魔法も極められることを、誰よりもお前自身が知っておるはずじゃ』


「……そうかもな」


 俺は無能スキルを授かったと思っていたから、スキルに頼らずに日々の鍛錬で剣と魔法を極めた。

 スキルによってのし上がった人たちだって、努力をすればスキルが無くても生きていけるはずだ。


『そうじゃ。そうやって自分を正当化して、他人から便利なスキルを剥ぎとってやるのじゃ』


「さっきから人聞きが悪いな!?」


 この神は本当に俺に世界を救わせる気があるのだろうか。

 もっと上手い物言いで、俺を乗せてくれてもいいだろうに。


『世界が無くなって困るのはお前も同じじゃろう。お前はお前自身のためにも、スキルを集めるしかないのじゃ』


 痛いところをついてくる。確かに俺が頑張らないと、俺自身も世界の滅亡とともに死んでしまう。

 悪者のような動きで気は進まないが、スキル集めをやる選択肢しかないのも事実だ。




「フィンレー! こんなところにいたのね!」


 これからのことを思って溜息を吐いた俺の耳に、可愛らしい声が響いてきた。


 約二十年ぶりに聞く、幼馴染の女の子の声だ。


「ミンディ!? 久しぶりだな!」


 こちらに向かって走ってくる女の子は、記憶の中の幼馴染と寸分違わぬ姿をしている。


 俺の家の隣に住んでいる同い年のミンディ。

 オレンジ色のふわふわした髪を風になびかせながら駆け寄ってくるミンディは、まるで絵本の中から飛び出してきたかのような可憐さだ。


「フィンレー、久しぶりってなに? 昨日も会ったでしょ?」


「あ、ああ。そうだったな」


 俺にとっては二十年振りでも、ミンディにとっては昨日ぶりの再会なのだ。久しぶりと言われたら困惑するに決まっている。


「……って、そんなことより、早く会場に行かないとスキル判定式が終わっちゃうわよ!」


「そうだったな。行こう」


 俺は力強く頷くと、スキル判定式会場の方角を見た。スキル判定式は、町の中央広場で行われていたはずだ。


「フィンレー、なんか雰囲気変わった? いつもよりキリッとしてるっていうか……」


 ふと横を見ると、ミンディが不思議そうな顔で俺のことを見つめていた。


「気のせいだろ。昨日と変わらないよ」


「そう、よね? でもなんか違うような……」


「しっかり朝ご飯を食べたから元気なのかもな」


「今日はスキル判定式だもんね。気合いも入るわよね。だけど……うーん?」


 ミンディはイマイチ納得していないものの、俺の変化に思い至る理由も無いためか、これ以上の追求はせずに引き下がってくれた。


「……って、あれ。スキル判定式は何時までやってるんだっけ?」


「しっかりしてよ、フィンレー。昨日一緒に確認したじゃない。今日の十七時までよ」


「じゃあまだまだ時間はあるんじゃないか?」


 今が何時なのかは分からないが、太陽の位置を見る限り、午後に入ったばかりに思える。


「甘いわよ、フィンレー。中央広場へ行くまでに熊が出るかもしれないしサメが出るかもしれないじゃない。そうしたら回り道をして広場まで行かなきゃいけないのよ。すぐに日が暮れちゃうわ」


 そんなものが出現したら、スキル判定式どころではない気がする。


「考え過ぎだよ。この町に熊が出たことなんて無いだろ。サメなんてもっと無い」


「前例が無いことが絶対に起こらないとは言えないわ」


「それは確かに……?」


 とはいえ、道の真ん中にサメは現れないと思う。


 まあ何にせよ、ここにいたところで何も始まらない。まずはスキル判定式に向かおう。


「さあ、走るわよ!」


 走り出したミンディを追いかけて、俺も走る。

 今までとは違って小さな身体では早く走ることが出来ず、もどかしい気持ちになりながら、俺は広場まで走り続けた。




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