「待てよ」
「……モーゼズ」
ミンディとともに中央広場から帰る途中、後ろから呼び止められた。
振り返るとそこには、予想していた通りモーゼズが立っていた。
「おい、フィンレー。お前、役に立たない変なスキル持ちだったらしいなあ!」
モーゼズとモーゼズの横に並んだ取り巻きたちが、俺のことを見ながら嘲笑を浮かべている。
「役に立たないかどうかは、まだ分からないだろ」
少なくともスキルホルダーの使用法が分かった今は、過去の俺よりもずっとスキルを有効活用できる。たぶん。
「それでも俺の超成長スキルには敵わねえ能力だろうな!」
モーゼズが踏ん反りながらそう言った。
このモーゼズの言葉に反応したのは、ゴッちゃんだった。
『そもそも前提がおかしいのう。超成長とスキルホルダーは、比べるようなスキルではないじゃろうに』
確かにスキルの内容が違いすぎて、比べられるようなものではない。
リンゴと三十秒のどっちが好き?と聞かれて返答に困るのと同じだ。
「俺の子分になりてえなら、パシリにしてやってもいいぜ!」
自分の方が優位だと思っている様子のモーゼズが、ニヤケ顔で提案してきた。
そんな提案に喜んで乗るとでも思っているのだろうか。
「パシリになんて、なりたいわけがないだろ」
「ああん? 超成長のスキルを持ってる俺に逆らう気か!? 俺はお前よりもすごい人間なんだぞ!?」
「超成長は他人よりも早く強くなれるってだけだろ。超成長のスキルが無くても、努力をすれば剣も魔法も極められる」
とはいえ、他人よりも早く成長できることは、生きる上でとても役に立つ。
みんなが一段ずつ上る階段を、二段飛ばしで駆け上がるようなものだ。
どんな道を進むにしても、明るい未来が約束されている。
「それにスキルが何であろうと、そんなもので人間の優劣は決まらない! そもそも人間に優劣なんて無いはずだ!」
「お前、モーゼズさんになんてことを言うんだ!」
「お前なんて変なスキルのくせに!」
モーゼズの取り巻きたちが俺に言い返してきた。
一方で当のモーゼズは、取り巻きたちに「優劣って何だ?」と聞いている。
偉そうにしていてもモーゼズはまだ十歳だから、優劣という単語を知らなくてもおかしくはない。
「フィンレーの言う通りよ。人をスキルで判断するのは良くないわ。どんなスキルを持っていたとしても、フィンレーはフィンレーよ」
俺たちの会話を黙って聞いていたミンディが、我慢が出来なくなったように口を開いた。
「ミンディのスキルは解析だったな。戦闘系の能力じゃねえが、いろんな職業のやつが欲しがるスキルだな」
「あたしのスキルもチェックしてたの? モーゼズって陰湿ね!」
「うぐっ」
ミンディに悪口を言われたモーゼズが悲しそうな声を上げた。
陰湿という単語は知っているらしい。
「なあミンディ。フィンレーなんかと一緒にいねえで、これからは俺と一緒にいようぜ。フィンレーと一緒にいたら、ミンディの価値が下がっちまう」
「だから、スキルで人の価値は決まらないって言ってるのに、モーゼズは馬鹿なの?」
「ひぎっ」
今度は馬鹿と言われて、モーゼズがまた悲しそうな声を上げた。
もしかするとモーゼズは、他人をいじめる割に、打たれ弱いタイプなのかもしれない。
「ミンディ、そんなにツンツンするなよ。このあと時間があるなら、俺と一緒に菓子店にでも行こうぜ」
「モーゼズと菓子店なんて嫌よ。私はフィンレーと一緒にアップルパイを食べるんだから!」
きっぱりノーが言えるのはミンディの長所だが、好きな子にここまで拒絶されるのはさすがにモーゼズが可哀想かもしれない。
日頃の行ないのせいだから自業自得ではあるが。
モーゼズを見ると、ぷるぷると震えながら目に涙を溜めている。
「……フィンレー。お前、良いご身分だなあ!?」
なるほど。
過去には気付かなかったが、俺をボコボコにしたのはミンディにフラれた腹いせだったのだろう。
自分はフラれたのに、俺がこれからミンディとおやつを食べることが気に食わないのだ。
「一緒にアップルパイを食べるくらいで怒るなよ」
「モーゼズさんに対して、何だその態度は!」
「モーゼズさんは最強になる男だぞ!」
取り巻きたちがモーゼズのことを持ち上げたが、俺にはもうモーゼズが可愛い十歳の少年にしか見えない。
好きな女の子に強さをアピールしようとして、陰湿だの馬鹿だのと罵られてしまった、可愛い十歳。
「モーゼズって、ミンディのことが好きなんだろ?」
「はっ、はあっ!? そんなわけねえだろ!?」
俺に図星をつかれたモーゼズは慌てて否定したが、顔が赤く染まっている。耳まで真っ赤だ。
こういうところは年相応で可愛いが、他人に暴力を振るう性格は決して可愛くない。
一度痛い目にあって、やられる側の気持ちを知ってもらおう。
「モーゼズは、好きな相手に陰湿だの馬鹿だの言われちゃって可哀想だな」
「う、うるせえ! それもこれもお前のせいだろ!?」
残念ながら、モーゼズ自身のせいだと思う。
たとえこの場に俺がいなかったとしても、ミンディはモーゼズの誘いを断っていたはずだ。
「もういい! お前ら、こいつに格の違いってやつを見せつけてやろうぜ!」
モーゼズが戦闘態勢を取った。
過去の記憶と同じく、モーゼズは剣ではなく純粋な殴り合いをするつもりのようだ。
しかし拳だから安全かと言うと、モーゼズは非常に体格が良いからそうでもない。
一発一発がとても重かったことを覚えている。
対する俺は小柄で細身だ。現時点ではミンディよりも背が低い。
モーゼズとまともにやり合って勝てるわけもないのだ……大人になった俺の精神が入っていない限りは。
さて。そっちがその気なら、戦わせてもらおう。そしてスキルを収納させてもらう。
……と、その前に。
「悪い、ミンディ。誰かを呼んで来てくれ」
「でも、それだとフィンレーが」
「お願いだ」
「……分かったわ。すぐに戻ってくるから!」
俺に救援要請を頼まれたミンディが走り出した。ものすごく速い。
モーゼズたちも、今から追いかけてもミンディに追いつけないことを察したのだろう。全員がこの場に残った。
「ミンディに助けを呼んでもらう気かよ。カッコワリーな」
「いいや、違うな。これはお前への気遣いだ」
「なんだと?」
俺はモーゼズに向かって、ニヤリと嫌な笑顔を見せた。
「好きな女に、負けるところを見られたくはないだろ?」
俺の煽り言葉を聞いた瞬間、モーゼズの表情がぐにゃりと歪んだ。
「生意気なやつ! やっちまえーーー!!」