「ただいまー!」
「お邪魔します」
走った勢いのままミンディの家に飛び込む。
結構な距離を走ったため、二人して汗びっしょりだ。
「おかえり、ミンディ。フィンレー君もいらっしゃい」
俺たちを出迎えてくれたのはミンディの母だ。彼女のことも二十年ぶりに見た。
過去にはミンディの母としてしか見ていなかったが、あらためて見るとかなりの美人だ。
ミンディが順調に成長したら、きっとこの美人の母に負けず劣らずの美貌を手に入れるはずだ。
なんだか幼馴染として鼻が高い。
『おっ、儂好みの美人発見じゃ。美人の人妻はええのう』
どうやらミンディの母は、ゴッちゃんのお眼鏡にもかなったらしい。
「ねえママ、アップルパイ焼いてくれた!?」
「うふふ。ミンディが帰って来たら焼こうと思って準備は済ませてあるわ。だからパイが焼けるまでの間にシャワーを浴びてきちゃいなさい。フィンレー君も」
シャワーを浴びる!? まさかミンディと!?
いやいやいや、子どもとはいえ、もう十歳だぞ!?
目を白黒とさせる俺に、ミンディが当然のように言った。
「じゃあ一旦解散ね。シャワーを浴びたら、またあたしの家に来てね!」
あ、ですよね? お隣さんですものね!?!?
『ミンディの全裸が見られなくて残念だったのう。このロリコン』
(うるさいなあ! 今の俺は十歳だから、別にロリコンじゃないんだよ!)
俺は急いで自宅に帰ると、全速力でシャワーを浴びて、またミンディの家を訪れた。
しかし急ぎ過ぎたせいでミンディはまだシャワーを終えておらず、俺だけ先にリビングに通されることになった。
「ずいぶん急いでシャワーを浴びてきたのね。ミンディはまだ出てきていないから、座って待っていてね」
「は、はい!」
俺は借りてきた猫よろしく、小さくなりながら椅子に座った。
『お? フィンレー、美人に緊張しておるのか?』
(そりゃあするだろ。二十年間、山に籠もってたんだから。その間に接したのは男の師匠だけで、美人に免疫なんて無いんだよ)
『ふーん? しかしフィンレーがどれだけ意識しようとも、あの美人は十歳の子どもに興味を持たんと思うぞ?』
(そんなことは分かってるけど、緊張するものは緊張するんだよ!)
少しすると、ミンディの母が紅茶を持ってリビングへやって来た。
そして俺と自分の分の紅茶を注ぐ。
「フィンレー君、今日のスキル判定式はどうだった?」
俺がそわそわしながら座っていると、ミンディの母が話を振ってくれた。
「あ、その、えっと、いっぱい人間がいました」
『何じゃその感想は』
(仕方ないだろ!? あんなに人間を見たのは二十年振りだったんだから!)
ゴッちゃんに冷ややかな目を向けられた俺の感想に、ミンディの母はふわりと優しく笑ってくれた。
「ふふっ。みんなスキル判定式に興味津々だから、見学しに来た人がたくさんいたのね」
良かった。ミンディの母は、俺の言葉を良いように解釈してくれたみたいだ。
「そっ、そうなんです。だから俺、ビックリしちゃって……」
『さっきまでスラスラ喋れていたのに。子ども相手ではないと、まともに喋ることも出来んとは。情けないのう』
(徐々に慣らしていくから、ゴッちゃんは余計な茶々を入れないでくれよ!?)
確かに子ども相手でしかまともに喋れないなんて情けないが!
でも俺が上手に喋れない一番の原因は、ミンディの母が美人過ぎるせいだ。
こんな美人に軽蔑されたら嫌だ、と思うからこそ、上手く言葉が出てこなくなってしまう。
その証拠に、さっき家に帰ったときは、実母と普通に喋ることが出来た。
二十年振りの感動の再会になるかと思いきや、あまりにも普通の日常会話だった。
二十年振りなのは俺だけだから当然かもしれないが、それにしたって俺も平然と喋ることが出来たのだ。
それはきっと俺の母がミンディの母のような美人ではなく、肝っ玉母ちゃんだからだろう。
もちろん肝っ玉母ちゃんにも肝っ玉母ちゃんの良さがあるとは思う。
実際、自然体で話せる母のことが俺は好きだ。
まあ、ちょっとだけ豪快過ぎるところがある気はするが。
『儂、フィンレーの母親には尻に敷かれてしまいそうじゃ』
(母さんは強いからな。力じゃなくて、気が。父さんが喧嘩で勝ったところは見たことがない)
一方で穏やかそうなミンディの母が喧嘩をするところは想像もつかない。
そう思ってミンディの母を見つめると、微笑み返された。やっぱり美人だ。
「フィンレー君のスキルは何だったの? あ、言いたくなかったら言わなくていいからね」
「俺のスキルは……」
「あのね、あのね! あたしのスキルは解析だったの!」
俺が答えようとした瞬間、シャワーから上がったミンディがリビングに走ってきた。
髪からはまだ水滴がぽたぽたと垂れている。
「もう、ミンディってば。ちゃんと髪を乾かしなさいって、いつも言っているでしょう?」
ミンディの母はミンディに近付くと、タオルでミンディの頭をごしごしと拭き始めた。
「だってフィンレーが家に来たのが分かったから、早くお喋りしたかったんだもん」
「はいはい。じゃあ喋りながらで良いから、髪はちゃんと拭くのよ」
「はーい」
ミンディは母親からタオルを受け取ると、自分で髪を拭き始めた。
「それで、ミンディは解析スキルだったのね?」
「うん!」
ミンディが自慢げに返事をした。
ミンディは自分のスキルに満足しているらしい。
「解析……壊れた機械を直したりできるアレね?」
「それ以外にもいろいろ出来るんだって。スキル判定式の運営の人が教えてくれたの。スキルの使い方を書いた紙も貰ったのよ」
「それは良かったわね。あとで一緒に確認しましょうね」
ミンディの母は嬉しそうなミンディを、これまた嬉しそうな顔で見つめた。
見つめ合っているだけで絵になる母娘だ。
二人を見ていると、うっかり画家の道を目指したくなってしまう。
『今生にそんな暇が無いことは分かっておるじゃろう?』
(分かってるよ。自分に絵心が無いことだって分かってるしな)
美しい二人を眺めていると、ミンディがキラキラした目を母に向けた。
「あのね、フィンレーはね、珍しいスキルだったの。珍しすぎて、運営の人もよく分からないんだって!」
ミンディが母に俺の話を出した。ミンディの母の視線が俺に注がれる。
「まあ。どんなスキルなの?」
「じ、実は、あんまり使えなさそうなスキルなんです。だ、だからスキルに頼るんじゃなくて、剣や魔法の腕を磨こうと、思ってます」
『いつまで緊張しておるんじゃ、フィンレーは』
しどろもどろになりながら答える俺を、ゴッちゃんが呆れたように眺めていた。
(無理を言うなよ!? 美人は三日で飽きるって言うけど、まともに顔を見られるようになるまでに三日はかかるっつーの!)
ミンディが成長してこの母親みたいな顔になったら、俺はミンディと自然な会話が出来るのだろうか。
ミンディの顔を毎日見て慣らしておく必要があるかもしれない。
「フィンレー君は頑張り屋さんなのね」
「あ、ありがとうございます」
褒められたため、素直に礼を言う。
俺が頑張り屋なことは本当だ。
そうじゃなければ二十年間も山に籠もって修行なんか出来ない。
「ママ、あたしも頑張り屋だよ? 早く魔法が使えるようになりたいから、いろんな魔法の本を読んでるもん」
ミンディが俺に張り合うように、自身の勉強熱心さを主張した。
ミンディの母は、俺に張り合うミンディのことを笑いながらも彼女の頭を撫でた。
「そうだったわね。でも、まだ魔法を使うのは危険だから、必ずママがいる前で使うのよ」
「分かってる。今度、また魔法を使うところを見てね!」