しばらく会場内で待機していると、会場内に教師陣が現れた。
そしてその中で最年長のお爺さんが、この学校の校長として紹介された。
「新入生のみなさん、入学おめでとうございます。みなさんは厳しい試験を乗り越えて……いえね、本当は試験なんてしたくなかったのですがね。気持ち的には入学希望者を全員合格にしたいところですが、学校の規模的にそれは難しく……。それなら他の学校を合格できなさそうな子を優先して合格させようとしたのですが、優秀な生徒を輩出することで学校が大きくなり入学希望者全員を受け入れられるようになるから今は我慢してくれと説得されましてね。そのため間をとって、優秀な子を特進科に入学させ、それ以外の子はくじ引きで合否を決めることにしたわけです。はあ。私は校長なのに意見が通らないなんて大人の世界は厳しいですよ、まったく」
「校長、もうその辺で。出資者の耳に入ったらまずいので」
ニコニコしながら学校の実情を明かす校長を、眼鏡をかけた女教師が苦い顔をしながら止めた。
「マイヤーズ先生、あの出資者面倒くさいから来年から遠ざけませんか? もうあの人無しでも十分やっていけるでしょう」
「ここでその話はちょっと。生徒の前ですから」
マイヤーズ先生と呼ばれた眼鏡の女教師が、暴露の止まらない校長に再度注意をした。
それにしても、俺はくじ引きで合格が決まったのか。
危ないところだった。
「ああ、すみません。それに話が長かったですよね。まあ古今東西、校長の話は長いものと相場が決まっていますので、大目に見てくださいね。とにもかくにも、新入生のみなさんはこれから楽しく学んでくださいね」
説明会を終えた新入生たちは、寮へ向かうことになった。
『校長は爺さんじゃったが、一目見ただけで強いことが分かったのう』
(爺さんが爺さんって言ってる)
『儂はまだまだ現役じゃわい!』
(爺さんが爺さんっぽいこと言ってる)
いつもからかわれているお返しにゴッちゃんをいじると、杖で頭を叩かれた。
ゴッちゃんって俺に物理攻撃が出来たんだ……。
(校長が強者って意見には俺も賛成だな。でも強くても思い通りにならないことが多いみたいだったけど)
『それが社会というものじゃ』
(強さだけじゃ自由に振る舞えないのか。社会って複雑に出来てるんだな)
『強い者が必ずしも要望を通すことが出来ないのは、弱者にとっての希望とも言えるじゃろうな。それにしても。男子寮と女子寮で棟が違うなんて残念なのじゃ。これではドッキリハプニングは見込めないのう』
難しいことを言っていたゴッちゃんが、一転して下世話な話を始めた。
(それは俺も思った。女子の寝間着姿、見たかったな)
心の中でゴッちゃんと会話をしながら、割り振られた部屋へと向かう。説明会で貰った鍵には「315号室」と書かれている。
(315号室は……どこだろうな)
『普通に考えるなら三階じゃな』
男子寮へ向かうと、一階の部屋番号は1から始まる番号だった。
ということは、ゴッちゃんの予想通り315号室は三階にあるのだろう。
三階に上がると、三階の部屋は3から始まる部屋番号だった。
廊下を進み、315号室を目指す。
(おっ、ここだな)
目的の部屋に入ると、部屋の中にはベッドが一つと小さなテーブルが一つ置かれていた。
「寮は一人部屋なのか」
勝手に複数人部屋を想像していたのだが、ベッドの数から考えて、ここは一人部屋だろう。
他人に気を遣わずに部屋を広々と使えるのは嬉しい。
それにゴッちゃんと会話をしても変な目で見られないのはありがたい。
『好都合じゃな。夜にスキルを奪いに出歩いてもバレにくい』
俺が一人部屋だと知ったゴッちゃんがウインクを飛ばしてきた。
「嫌なことを言うなよ。そういう言い方をすると、まるで俺が泥棒みたいだろ」
『まるでと言うか、ある意味では泥棒そのものじゃのう』
「そうなんだけどさあ!?」
どうしてゴッちゃんは、俺の士気を下げることを言うのだろう。
泥棒と言われてしまうと、途端にスキルを盗む気が失せてしまう。
『まあまあ。世界のためにやっとるんじゃから、義賊に近いのかもしれん。フィンレーは良い泥棒じゃ』
「だから泥棒って呼ぶのをやめてくれないかなあ!?」
俺がゴッちゃんと言い合いをしていると、部屋のドアがノックされた。
しかし男子寮の俺の部屋を訪ねてくる相手が思い当たらなかったため、部屋を間違えたのかと思って放っておいた。
すると今度はドアの外から元気な少年の声が聞こえてきた。
「こんにちはー! 315号室の人、入ってますかー!?」
何だ、その尋ね方は。トイレじゃないんだから。
「入ってるよな? 声が聞こえてきたもんな」
どうやらゴッちゃんとの会話が、部屋の外まで漏れていたらしい。
一人部屋だからと気を抜きすぎたみたいだ。
「今出るから、ちょっと待ってくれ」
315号室の人ということは、相手は部屋を間違えたわけではなさそうだ。
とはいえ、俺のことは知らないみたいだけど。
俺はドアノブに手をかけ、ゆっくりと部屋のドアを開ける。
「やあ、はじめまして。僕はオーウェン。隣の部屋の生徒だよ」
ドアの前に立っていたのは、赤髪の少年だった。
人懐こそうな笑顔を俺に向けている。
「はじめまして。俺はフィンレーだ」
「ふんふん、なるほど、ほおーん?」
オーウェンは俺のことを上から下まで眺め回した。
そして一人で何かに納得した様子だ。
「な、なんだよ……?」
「フィンレーって町に住んでたでしょ」
「なんで分かるんだ?」
「やっぱり! 僕はかなり郊外から来たんだけど、町に住んでる人は洗練されてるから見分けがつくんだ」
オーウェンがニカッと白い歯を見せて笑った。
「俺、洗練されてる!?」
「うん。オシャレでカッコイイ!」
「オシャレでカッコイイ!?」
そんなことは生まれて初めて言われたかもしれない。
そうか、俺はオシャレなのか。
『フッ、田舎者の小僧の褒め言葉を真に受けるなんて、単純じゃのう。儂から見ればフィンレーも田舎臭いガキじゃ』
(うるさいなあ。今いい気分なんだから黙っててくれよ)
意地悪なゴッちゃんは置いておいて。
俺は隣の部屋の住人に恵まれたみたいだ。
オーウェンとは仲良くなれそうな気がする。
『ちょっと褒められただけで好意を抱くとは、単純じゃのう』
(ゴッちゃんは黙っててってば)
からかいの視線を向けてくるゴッちゃんを無視して、俺はオーウェンに笑顔を返した。
「オーウェンは温かくて太陽みたいだな。絶対モテるだろ」
「まあ、それなりには?」
さらっと言った!?
俺も早くモテて、こうなりたい!!
「フィンレー、これからよろしくね」
「ああ、よろしく。オーウェン」
俺たちは、がしっと握手をした。
オーウェンの手は、子どもにしてはゴツゴツしていた。
郊外に住んでいると言っていたから、畑仕事などを手伝っていたのかもしれない。
オーウェンとも同じクラスになれるといいな。