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第15話


 翌日からさっそく授業が始まった。

 嬉しいことに、リリーとオーウェンとは同じクラスだった。

 当然だが特進科のミンディとクラスが別れてしまったことだけが残念だ。


「……こうして、各国で魔法の使用が重要視されてきました」


 先程から「魔法と国の歴史」の授業を受けているが、眠いことこの上ない。

 知らない情報ばかりで興味深くはあるのだが、やっぱり歴史よりも、実際に魔法の使用に関わる話が聞きたい。

 座学でも、魔法術式の授業ならもっとやる気が出るはずだ。


 キーンコーンカーンコーン。

 居眠りをするのが先か腹の虫が鳴くのが先かという頃、やっと授業の終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


「はい。今日の授業はここまで。各自復習しておくように」


 授業が終わるなり、俺はリリーのもとへと向かった。

 昼食は可愛い女の子と食べるに限るからだ!


「リリー、一緒に昼を食おう」


 誰かに先を越されないよう、急いでリリーを昼食に誘う。


「あっ、えっと、私と一緒で良いんですか? 私は嬉しいですけど……」


「良いから誘ってるんだよ!」


 俺はリリーの手を取って、食堂へと引っ張っていった。


『良いに決まっておるよのう。可愛いおなごとの食事は最高じゃ』


(そういうこと! 俺は今度こそ青春を謳歌するんだ!)



   *   *   *



 食堂へ行くと、大勢の生徒たちが食堂を利用していた。

 食堂で食べなければいけないというルールは無いが、生徒であれば誰でも食堂が無料で利用できるため、みんな食堂を利用しているのだろう。


「何を食べようかな……へえ、外に持ち出せるサンドイッチもあるのか」


「外で食べますか?」


「うーん。でも俺はAランチが食べたい気分かも。リリーはどうする?」


「えっと、では、私もAランチにします」


 俺たちは二人してAランチを受け取ると、食堂内の空いている席に着いた。


「美味しそうだな」


「はい。いただきます」


 リリーが慣れた手つきで、食事にかからないように長い髪を一つに結った。


『食事のときに髪を結ぶのは、ロングヘアのおなごならではの色っぽい仕草じゃな』


(完全同意!)


『リリーちゃんはまだまだ色気には程遠い年齢じゃが、このまま成長したら儚げな美人になりそうじゃのう』


(分かる。薄幸の美女って感じに……いや、リリーには幸せに暮らしてほしいけども! それはそれとして薄幸の美女はイイよな!)


『分からんでもないのう。儂が幸せにしてあげる!って気合いが入るのじゃ』


 ゴッちゃんと心の中で会話をしながら、料理を口に運ぶ。

 ミンディの母の料理には劣るが、なかなか美味しい。

 無料だから期待はしていなかったが、これからも昼は食堂を利用しよう。


「友だちと一緒に食べる飯は最高だな」


「友だち……? もしかして、私のことですか?」


「他に誰がいるんだよ」


 俺に友だちと言われたリリーは、恥ずかしそうに、しかしそれ以上に嬉しそうに顔を綻ばせた。

 可愛い! こんな可愛い女の子と一緒に昼食を食べてるなんて、俺は今、最高に青春してる!!


 喜びを噛み締める俺の周りを、ゴッちゃんが飛び回った。


『青春は結構じゃが、使命を忘れてはおらんよな?』


(俺の使命。青春をやり直す!!)


『ちっがーーーう! お前の使命は、世界のためにスキルを収納することじゃ!』


 ゴッちゃんが、杖で俺の頭をぽかぽかと殴った。


『呑気に学校生活を満喫している場合ではないのじゃ!』


(待ってくれよ。昨日の今日でスキルの収納は無理だって。まだ入学したばっかりなんだから)


『急がないと世界が終わるんじゃぞ!? もっと危機感を持たんか! ああ神様、この怠け者にやる気を出させてください』


 ゴッちゃんが神に祈るようなポーズを取った。

 神は自分のくせに。


「……フィンレー君、もしかして私と一緒だと楽しくないんじゃないですか? さっきからうわの空で……」


「あっ、ごめん」


 俺がゴッちゃんに気を取られていると、リリーが不安そうな顔で俺のことを見つめていた。


(もう。ゴッちゃんのせいでリリーを不安にさせちゃったじゃないか!)


『それは申し訳ない……って、儂が謝るのは違くないかのう!?』


(それに俺がサボってるみたいな言い方してるけど、この二年間で修行の合間に結構スキルを収納したはずだぞ。子どもの状態でかなり頑張ったんだからな!?)


 俺は大人の精神がこの身体に入った十歳から、学校に入学する十二歳までの間に、約百個のスキルを収納した。単純計算で、週に一度はスキルを収納している。

 急にスキルを失った人が多いせいで、町ではおかしな伝染病が流行しているのではないかと騒ぎになったくらいだ。


『うむ。その件に関しては割と評価しておるぞ。遠くまで行くことの許されない年齢で、お前は思ったよりも多くのスキルを収納しておる』


(だろ!? だからこのあたりでちょっと休憩して青春を満喫……)


『スキル奪い放題のこの環境で、青春を満喫している暇があるわけないじゃろう! 奪って奪って奪いまくるのじゃーーー!!』


 ゴッちゃんが右手を突き上げて気合いを表現したが、俺は冷静に返す。


(でも、考えてもみてくれよ。入学早々あまりにもハイペースでスキルを奪いまくったら、新入生が怪しまれちゃうだろ。スキルを奪ったのが新入生ってところまで絞られたら、すぐ俺に辿り着くと思うぞ)


『一理あることを言うでない!』


「やっぱりフィンレー君は私と一緒にいない方が……」


 またゴッちゃんとの会話に夢中になってしまった俺に、リリーがますます不安そうな顔を向けた。


「そんなわけないだろ!? 俺はちょっとその、すぐにボーっとしちゃう性格なんだよ。リリーの前だけじゃなくて、誰と一緒にいてもボーっとしてるんだ!」


「そう、なんですか……?」


『そうだったのか?』


(そんなわけないだろ! 全部ゴッちゃんのせいだからな!?)


 俺がゴッちゃんをにらんでいると、いきなりリリーの身体が前につんのめった。


「キャッ!?」


「あーら、ごめんあそばせ。魔力が弱すぎて、存在に気付きませんでしたわ」


 どうやらリリーは後ろから強くぶつかられたために、つんのめったようだ。

 しかもぶつかってきた相手は、自分の行ないを悪いとは思っていないような口ぶりだ。


「大丈夫か、リリー」


「あ、はい。もう食べ終わっていたので……」


 リリーのスープ皿が空になっていたことは、不幸中の幸いだった。

 食べ終わる前だったら、リリーは熱いスープの中に顔を突っ込む羽目になっていた。


「弱いくせに、男を吊ることだけはお上手ですのね」


 それなのに、ぶつかってきた相手はこんなことを言っている。

 この女子生徒は、説明会場でリリーに絡んでいたうちの一人だ。

 確か今朝のホームルームの自己紹介で、パトリシアと名乗っていた。


 さらにパトリシアの後ろには、二人の女子生徒がいる。

 彼女たちも説明会場でリリーに絡んでいた生徒だ。

 一人は俺たちと同じクラスのルナで、もう一人は教室内で見かけなかったから別のクラスになった生徒だろう。


「こんな女が同じクラスにいるなんて、空気が悪くなりますわ」


「空気を悪くしてるのは、あんただろ」


「なんですの。この女の味方をするつもりですの?」


 俺が言い返したことでパトリシアは気分を害した様子だ。


「誰の味方とかじゃなくて、事実を述べてるだけだ。あんたが空気を悪くしてる」


 俺がにらみつけても、パトリシアは一向に退く様子がなかった。

 気の強そうな赤色の吊り目で、彼女も俺のことをにらんでいる。


「それに、魔力が弱すぎて気付かないって何だよ。気付かなかったのは、あんたの目が悪いか、注意力散漫なだけだろ」


「言わせておけば、調子に乗り過ぎですわ!」


「やるのか!?」


 一層激しく俺のことをにらみつけるパトリシアの上で、ゴッちゃんが彼女を杖で指し示した。


『スキルを奪う相手が決まったようじゃのう』


(別に好き嫌いでスキルを奪う相手を決めたりはしないって)


『じゃあパトリシアちゃんからはスキルを奪わんのか?』


(絶対に奪う)


 ゴッちゃんは肩をすくめながら、パトリシアの周りを飛び回った。


『好き嫌いで奪う相手を決めておるのう。儂としては、手に入るなら誰のスキルでも構わんが』


 ムッとした顔のパトリシアが、まっすぐに俺の前まで歩いてきた。


「あなた、フィンレーでしたっけ? 後悔することになりますわよ」


「それはこっちの台詞だ」


「ま、待ってください!」


 今にも戦闘が開始しそうな俺たちを止めたのは、被害者であるリリーだった。


「駄目です、フィンレー君。入学早々問題を起こしたら、先生に目を付けられちゃいます」


『それは困る! やめるのじゃ、フィンレー!』


 リリーだけではなく、変わり身の早いゴッちゃんも、戦闘をやめるように言ってきた。


「あっ、そろそろ授業が始まりますよ!? 早く教室に戻りましょう! いえ、午後の授業は外での実習でしたね。校庭へ向かいましょう!」


 あわあわとしたリリーが、食器の乗ったトレーを持たせることで俺の両手を塞いだ。


「命拾いしましたわね」


「そっちこそ」


 でも、パトリシアからはあとで必ずスキルを奪う。

 俺は、そう決意した。




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