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第16話


 校庭に集まった俺たちは、学校近くの森へと連れて行かれた。


「皆さんは入学したばかりですが、さっそく実習です。座学ばかりで飽きてしまい不登校になられても困りますからね」


 ありがたい配慮だ。

 ちょうど午前の授業で、学校の勉強はつまらないと感じていたところだった。


「実習と言っても、みなさんのやることは単純です。この森の中に隠されたボールを見つけてくるだけです」


 そう言いながら、先生が懐から一つのボールを取り出した。何の変哲もないただの白いボールだ。

 あれと同じものが森の中に隠されているのだろう。


「ボールは人数分ありますから、全員が課題をクリア出来るはずです。ただし見つけやすいところに置かれているボールもあれば、かなり難しい場所に隠されているボールもあります。見つけやすいボールを早く持ってくることをオススメします」


 次に先生は、近くに用意していた大きな箱を指し示した。

 箱には仕切りがされており、それぞれ生徒の名前が書かれている。


「ボールを持ってきた人は、自分の名前の場所に入れてください。制限時間は授業が終わるまでの二時間ですが、ボールを箱に入れた人は学校に戻って自由に過ごして構いません。ルールは以上です。実習開始は十分後。それまでは準備運動をするなり好きに過ごしてください」


『遊び心のある授業じゃのう』


(ああ、この授業はちょっと楽しそうだな)


 ボールを見つけて持ってくるだけの簡単な授業内容だが、せっかくだから森の中を探検してみるのもいいかもしれない。


「フィンレー、僕と一緒に行動しない?」


 俺がそんなことを考えていると、赤髪の少年に肩を叩かれた。

 寮で隣室のオーウェンだ。


「一緒に行動って何だよ」


「ほら、このルールだと、ボールを見つけても箱に入れる前に他の生徒に奪われる可能性があるでしょ。だから奪われないように仲間を作りたいんだよ」


「……なるほど」


 生徒同士でボールの奪い合いが発生する可能性があるのか。

 子どもに所持品を奪われるなんて想像すらしていなかった。


『素早くボールを入手できなかった者は、他者と戦う必要がある。むしろボールの奪い合いが、この授業の本質かもしれんのう』


 ということは、生徒の人数分ボールがあるとは言っても、一部は絶対に見つけられないような場所に隠してあるのだろう。意外と性格の悪い授業だ。

 楽しそうな授業であることには変わりないが。


「一緒に行動しようよ、フィンレー。一人で一つより、二人で二つの方が、安全にボールをゲット出来るはずだからさ」


 正直、俺自身は入手したボールを誰かに奪われることはないと思う。

 しかし、そういう奪い合いが発生した場合に心配な人物がいる。

 気弱なリリーだ。

 凄まれたら、怯えてボールを渡してしまいそうだ。

 そして、そう考えた他の生徒に目を付けられそうでもある。


「オーウェン、ちょっと待って。リリー!」


 俺が名前を呼ぶと、何事かとリリーが近付いてきた。

 リリーが遠い位置にいたため、俺のもとに到着する前にオーウェンに告げる。


「あの子と一緒に、三人で三つならいいよ」


「……あの子と三人で三つかあ。それなら今回は別のやつと組もうかな。ごめんね、気を悪くしないで」


 オーウェンはリリーを見て、組む相手を変更することに決めたらしい。

 オーウェンは仲良しだから俺と組もうと言ったわけではなく、戦略的に組もうと言っていたのだから、この反応は想定の範囲内だ。

 気を悪くなどするはずもない。


「それくらいで怒らないって。お互いに頑張ろうな」


「うん。じゃあね」


 オーウェンは俺に手を振ると、別の生徒に協力を申し込むために去っていった。

 ちょうどそのとき、俺のもとにリリーが到着した。


「えっと……フィンレー君、どうかしましたか?」


「リリー、一緒にボールを探そう。一人で一つより、二人で二つのボールをゲットした方が簡単だろ?」


 俺はオーウェンの言葉を借りて、リリーを誘った。


「でも、私だと、フィンレー君の足手まといになっちゃいます」


「やってみないと分からないだろ。リリーにはボールを見つける才能があるかもしれない」


「えー……」


 ボールを見つける才能があるかもと言われたリリーは、反応に困っているようだった。


『可愛いとか頭が良いとか言われたら嬉しいじゃろうが、ボールを見つける才能があると言われてものう。まったくフィンレーは女心が分かってないんじゃから』


 馬鹿にしたような顔で俺の周りを飛び回るゴッちゃんを、手で払った。


『なっ!? 神に対してなんと不敬な! フィンレーが女心の分からぬ男というのは本当のことなのに!』


 ゴッちゃんが信じられないとばかりに俺を非難したが、無視をする。


「なあ、リリー。他に組んでるやつがいるのか?」


「えっと、そういう人は、いませんけど……」


「じゃあ決まりだな!」


 俺はリリーの手を握ると、ニカッと笑みを見せた。これもオーウェンの真似だ。

 モテ仕草はどんどん取り入れなくては。


 俺に爽やかに笑いかけられたリリーは、恥ずかしそうに俯いてしまった。


 おおっ! この笑い方はかなり効果があるようだ。

 ありがとう、オーウェン。


「さあ、みなさん準備は良いですか。ボール探索、スタート!」


 準備時間の十分が経過したのだろう。先生の合図とともに、生徒たちが森の中へと走っていった。




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