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第19話


 俺は自身のボールを懐にしまうと、リリーに向かって手を伸ばした。


「リリー、そっちのボールも渡して。ボールを持ってる方にヘイトが向くだろうから」


「えっ、でも、それだと……」


「いいから」


 パトリシアとルナに、リリーが狙われることは避けたい。

 それよりは俺に襲いかかってきてもらった方が、ずっとやりやすい。

 俺はリリーからボールを受け取ると、そのボールも懐にしまった。

 パトリシアとルナは当然、二個のボールを持っている俺をターゲットに決めたようだった。


「覚悟なさい!」


 飛びかかってきたパトリシアを、飛び退いて避ける。


「今度はこっちよ!」


 飛び退いた先にいたルナの攻撃を、身体をひねってまた避ける。

 そして二人から距離を取ると、体勢を整えた。


「あなた、結構素早いですわね。それに身軽ですこと」


「それはどうも」


「でもわたくしには……跳躍のスキルがありますのよ!」


 膝を曲げて足に力を溜めたパトリシアが、勢いよく跳んできた。

 ものすごいバネだ。


「うわっ!?」


 急いで避けたが、パトリシアの拳が頬をかすった。

 それと……。


「どうかしら。わたくしの跳躍に恐れおののいたでしょう!?」


 誇らしげなパトリシアに向かって、ぼそりと呟く。


「ピンクのパンツ」


「なっ!? どこを見ているんですの!? この変態!!」


 跳び上がった際にパトリシアのスカートがめくれ上がり、ピンク色のパンツが見えてしまったのだ。

 そしてうっかりパンツに釘付けになったせいで、パトリシアの拳を避け損ねそうになってしまった。

 不覚。


「わざとじゃないんだ。偶然見えただけだ」


 偶然見えたから凝視はさせてもらったが。

 これは不可抗力だ、不可抗力。


『ガン見しておいて不可抗力か』


(そこにパンツがあったら見るのが男って生き物だろ!? だから不可抗力だ!)


『主語が大きいのじゃ。男が全員フィンレーみたいにパンツを凝視するわけではなかろう』


(……じゃあゴッちゃんは見なかったのか?)


『儂が見たかどうかは関係ないのじゃ。あとパトリシアちゃんは意外と可愛い趣味をしていて好感が持てるのじゃ』


(ゴッちゃんもしっかり見てるじゃないか……)


 確かに高飛車なパトリシアのパンツがリボン付きのひらひらだったことは意外性があって良かったが、今は戦闘に集中しないと。

 リリーの自己肯定感が掛かっているのだから。


「あなたねえ! 偶然見えたのなら、黙っておくのが紳士というものではなくて!?」


「でもさ、ピンクパンツちゃん」


「変なニックネームで呼ばないでくださる!?」


 パトリシアのことをピンクパンツと呼ぶと、彼女はスカートを押さえながらキーキー声を出した。

 こうして見ると、パトリシアも意外と可愛いかもしれない。

 何と言うか、こう……。


『わからせたい、かのう?』


(そう、わからせたい! ……って、ゴッちゃんは何を言ってるんだ!?)


『高慢でいじめっ子のパトリシアとルナ。特にパトリシアは、わからせたら最高だと思うのじゃ』


 ゴッちゃんが楽しそうにパトリシアを眺めている。


 ……ゴッちゃんは本当に神なのだろうか。神の威厳ゼロなのだが。


『神にだって趣味嗜好はあるのじゃ。そして、わからせは良い文化なのじゃ』


(ゴッちゃんの趣味はどうでもいいけど、まあ確かにな)


 俺はもう一度パトリシアを見た。

 パトリシアは俺にパンツを見られることを恐れているのか、スカートを握る手に力を込めながら喚いている。

 わからせたい。


「フィンレー君。さすがにピンクパンツというニックネームは良くないと、私も思います。そんなニックネームを付けられたら、毎日ピンクのパンツを履かないといけませんから」


 パトリシアに変なニックネームを付けた俺を、リリーが咎めた。

 しかし、ニックネームに合わせてパンツを履かないといけなくなるとは、予想外の切り口だ。

 とはいえ、確かにパンツの色を暴露されるのは可哀想かもしれない。


「リリーが言うなら、ピンクパンツって呼ぶのはやめるよ」


「それが良いと思います。ピンクパンツは、フィンレー君の心の中だけに留めておいてくださいね」


「パンツパンツって、わたくしのことを馬鹿にしていますの!?」


 俺とリリーの会話を聞いていたパトリシアが、またキーキー声を出した。


「馬鹿になんかしてないって。あんたの跳躍スキルは良いと思うぞ。シンプルなスキルだけど、戦闘ではかなり役立つ」


「ええ、そうですわ! それにルナのスキルとの相性も良いんですの!」


 パトリシアはまた足に力を溜め、俺に向かって跳んできた。

 しかも今度は空中で角度を変えて飛びかかってくる。


「なんだ!?」


 予想外の軌道に驚いて、パトリシアから飛び退いた。


「今のは、スキルか!?」


 どう考えても、今のパトリシアは空中で角度を変えた。

 そんなことが出来るのは、スキルの力に違いない。


「ルナのスキルは壁生成ですわ。何も無い空間に一定時間、壁を作ることが出来ますの」


 聞いてもいないのに、パトリシアがルナのスキルを説明してくれた。

 空を見上げると、パトリシアが角度を変えたあたりの空間に一枚の壁が浮いていた。

 なるほど。パトリシアは空中に出現した壁を蹴って、角度を変えたのか。


『壁生成は、壁を作るも消すも自由自在なスキルじゃ』


(これまた便利そうなスキルだな。羨ましい)


 それにルナのスキルは、跳躍スキルを持つパトリシアと相性が良すぎる。

 少々厄介だ。


「ルナの壁生成スキルがあれば、わたくしは空中でも跳躍することが出来るんですのよ」


「あんたたちは良いコンビだと思うよ」


「そうでしょう!? どう、降参する気になりまして?」


「ああ、諦めるよ」


「フィンレー君……」


 俺の言葉を聞いたリリーが悲しそうな声を上げたが、たぶんリリーの思っていることは起こらない。


「では、ボールを二つとも寄越しなさい」


「断る」


「はあ!? 今、諦めると言いましたわよね!?」


 パトリシアの要求を拒否する俺をパトリシアが責めた。

 ルナも俺のことをにらんでいる。

 しかし責められても俺はボールを渡さない。

 だって俺が諦めるのは、ボールではないから。


「俺が言ってるのは、闘いながら収納するのは諦める、ってことだよ」


「あなた、何の話をしてますの!?」



「だから!」


 俺は自身の脚のバネだけでパトリシア目がけて跳ぶと、パトリシアの腕を掴んだ。


「きっちり倒してから!」


 そしてパトリシアを勢いよく投げ飛ばす。

 パトリシアが飛んで行った先には、ルナが立っている。


「収納するってこと!」


「キャーーーッ!?」


 ルナは、飛んできたパトリシアの下敷きになった。

 パトリシアとルナは二人で激突したため、両者とも気を失ってしまったらしい。




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