「俺はモーゼズだ!」
「モーゼズ……?」
『お前が初めてスキルを奪った相手じゃな』
まだピンと来ていない俺を見兼ねたゴッちゃんが答えをくれた。
「ああっ! 超成長スキルのモーゼズ!」
思い出した。
モーゼズは二年前のスキル判定式の後、帰り道で俺に絡んできた少年だ。
過去の俺は、彼のせいでミンディにアップルパイをあーんしてもらうことが出来なかった。
しかし過去に戻ってきた俺は、彼を返り討ちにしてスキルを奪った。
そのおかげで、無事にミンディにアップルパイをあーんしてもらうことに成功したのだ。
このようにモーゼズのことは、苦い思い出、克服した思い出として記憶していたが、思い出の中のモーゼズはでっぷりとした巨漢だった。
そのため目の前の筋肉質な男とあのモーゼズが結びつかなかったのだ。
今も昔も年齢よりも身体が出来上がっていることは変わらないが、ダイエットでもしたのだろうか。
『痩せて鍛えた姿で、ミンディちゃんに再アタックするつもりなんじゃないかのう』
(ミンディは体型で人を判断するタイプじゃないと思うぞ。つまりモーゼズはまた玉砕するだろうな)
それはさておき。
「超成長スキルのモーゼズが、どうして学校に忍び込んでるんだ?」
「うるせえ! その話をするんじゃねえ!」
モーゼズが鼻息を荒くしながら怒鳴った。
「どうしたんだよ」
「俺は超成長のモーゼズじゃねえ。俺には超成長のスキルが無かったんだよ。あのあと何日経っても剣の腕も魔法の腕も並程度だったから、運営に連絡してスキルを判定し直したら、俺にはスキルが無いと言われた。最初の判定式でミスが起こったって」
「……そうか」
もともとモーゼズには超成長のスキルがあった。
しかし俺に奪われたことで、二度とスキルを使用することが出来なくなってしまったのだ。
そのことを、当のモーゼズは知らない。
「俺はグレた。スキル無しだなんて、大ハズレも良いところだ! そんなのグレるしかねえだろ!? それで脅迫や窃盗を繰り返して……それもこれもスキルが無かったせいだ!」
残念だが、それは違う。モーゼズのスキルが無くなったことは俺のせいだが、スキルが無かったとしても、まっとうに生きることは出来る。
脅迫や窃盗を繰り返したのは、スキルのせいではなく、モーゼズ自身の「選択」だ。
「スキルに頼らなくても、努力をすれば剣も魔法も極めることが出来るぞ」
「俺が百の力でやっと出来ることが、超成長のスキル持ちなら一の力で出来るんだぞ!? やってられっかよ!」
気持ちは分からないでもない。
しかし持っていないものはどうしようもないのだから、地道に努力をすればいいのに。
それが出来ないのは、モーゼズ本人の性格だ。
「スキル云々じゃなくて、単にモーゼズが何かを極めることに向いてないだけじゃないか? 努力することが出来ない性格ってだけだろ。その体型もダイエットじゃなくて喧嘩に明け暮れた結果と見た」
「うるせえ! 俺がもし超成長のスキル持ちだったら…………あれ。俺、スキル判定式の帰りにお前と戦った? しかも戦いながら成長してたような気がする……?」
あっ。モーゼズが何かに気付いてしまったらしい。
モーゼズに掛けた記憶混濁の魔法はとっくに解けているだろうから……うん、マズい。
「そうだ! 三対一で負けた情けなさから記憶を封印してたっぽいが、俺はあのときお前と戦いながら簡単に成長してた!」
そりゃあ、あのときのモーゼズは超成長スキルを持っていたから。
今はもう無いが。
「……お前、俺に何かしたのか!?」
『大正解ーーー!!』
俺の代わりにゴッちゃんがモーゼズの質問に答えた。
もちろんモーゼズには、ゴッちゃんの姿も見えなければ声も聞こえないが。
「そんなわけないだろ。あのときは俺も十歳だったんだぞ。十歳の少年に何が出来るって言うんだよ」
信じてもらえるかは分からないが、一応否定をしてみる。
「きっと俺には本当に超成長のスキルがあったんだ! それなのにお前に奪われた!」
駄目だ。モーゼズは俺の言葉を一切信じていないようだ。
決定的な何かを思い出してしまったのかもしれない。
「俺のスキルを返せよ! 俺のスキルはどこにあるんだよ!?」
「あー……そこに無いなら無いですね」
「馬鹿にしやがってーーー!!」
俺の答えを聞いたモーゼズが襲いかかってきた。
サッと足払いをして、モーゼズの体勢を崩す。
しかしモーゼズも負けておらず、体勢を崩しながらも俺の胸に短剣を持った手を伸ばした。
「……くっ」
俺は避けきることが出来ずに、手で短剣を押さえる。
手からはだらだらと血が流れているが、ここで短剣を離して心臓を刺されるわけにはいかない。
「こんのっ!」
痛みを感じながら、短剣に力を込めるモーゼズの身体を蹴り飛ばす。
攻撃に集中していたせいでモーゼズは足元がおろそかになっていたらしい。
小柄な俺の蹴りでも、モーゼズを床に倒れさせることが出来た。
そしてトドメとばかりに、モーゼズの頭にかかと落としを決める。
「……勝負あったな」
しばらくぴくぴくとしていたが、ついにモーゼズは動かなくなった。気絶をしたようだ。
『危ないところじゃったのう』
(あれは本気で殺す気だったな)
『うむ。スキルを奪われた恨みがこもっておった』
(スキル……ああ、スキルを奪わないとな)
俺はモーゼズから離れ、地図作成スキルの女と糸操りスキルの男から、スキルを奪った。