「フィンレー、無事かあーーー!?!?」
遠くから大きな声が聞こえてきた。
声のする方に目を向けると、オーウェンが先生を引き連れて俺のもとへと走ってきていた。
あの先生は確か、説明会で校長にマイヤーズ先生と呼ばれていた人だ。
もう隠れる必要がないからか、先生の光魔法でオーウェンたちの周りは明るく照らされている。
「オーウェン、おかえり」
「頼まれた通り先生を連れてきたぞ……って、何だこの状況」
オーウェンは床に倒れる三人と俺を見比べた。
「戦ったら勝てちゃった。てへ」
可愛く言ってみたが、オーウェンは納得していないようだった。
まさか俺が三対一で勝てるような実力の持ち主だとは思っていなかったのだろう。
「勝てちゃった、ってどういうことだよ……」
「勝てちゃったは、勝てちゃっただよ。相手は子どもだったからな」
「フィンレーだって子どもでしょ」
『それが子どもではないんじゃよ。元の年齢を足すと、もう三十二歳じゃ』
具体的な数字を出さないでほしい。
子どもたちと一緒に授業を受けることが辛くなるから。
「って、フィンレー! ケガしてるよ!?」
俺の手から流れる血に気付いたオーウェンが叫んだ。
するとオーウェンの声を聞いた先生が、俺の手のひらに回復魔法を掛けた。
ケガはすぐに塞がったようで、手をグーパーしてももう痛みは無い。
「ありがとうございます」
礼を述べたが、先生は俺に構っている暇は無いとばかりに、倒れている三人に拘束魔法を掛け、三人が起きても動くことが出来ないようにした。
あまりにも鮮やかな手腕だ。
「……あれ。てっきり警備員を連れてくると思ってたのに、よく先生を見つけてきたな」
オーウェンにしたこの質問には、先生自身が答えてくれた。
「毎年、入学初日に夜の校舎内を探検する困った生徒がいるんですよ。だからこうして教員が見回りをすることになっているんです。余計な仕事は増やさないでほしいですよ、まったく」
先生が俺たちのことをギロリとにらんだ。
「……というわけで、僕は見回り中の先生を発見できたんだ。本当は先生に見つかるのは嫌だったけど、緊急事態だったから連れてきたんだよ」
「俺たちは先生たちの裏をかけなかったみたいだな。毎年入学初日に探検してるやつがいたとは」
夜の校舎内を探検した俺が言うことではないが、教育者は大変だ。
「それで? 彼らは何者ですか。あなたたちの知り合い……ではありませんよね、状況から考えて」
『ところがどっこい、知り合いじゃ』
知っているのはモーゼズだけだが。そしてもちろんそのことを伝えるつもりはない。
「彼らは何かの組織の人っぽいです。学校を襲撃するために校舎内の地図を作っている、みたいなことを言ってました」
オーウェンの言葉を聞いた先生は、考え込みながら呟いた。
「学校襲撃ですか」
「でもこいつらは組織の末端のようです。正式な構成員になりたい、みたいなことも言ってましたから」
「学校を襲撃する組織……」
先生は眉間にしわを作ったが、これ以上俺たちに何かを言うことはなかった。
「彼らのことは、教員たちで何とかします」
そして拘束したモーゼズたちを魔法で持ち上げると、そのまま連れて行こうとした。
「まさか拷問するんですか?」
「拷問をしたところで、彼らはきっと大した情報を持ってはいないでしょう。失敗したら切り離されるだけの下っ端。トカゲの尻尾です」
「先生は、彼らが何の組織の人なのかを知ってるんですか?」
「僕も知りたいです。学校を狙ってる組織って何なんですか?」
俺たちの当然の疑問に、しかし先生は答えてはくれなかった。
「あなたたちは知る必要の無いことです」
「でもその組織が、俺たちの通う学校を襲撃するつもりなら、俺たちだって無関係ではないはずです」
「襲撃なんてさせません。だからあなたたちは無関係です」
取り付く島もない。
それどころか、先生は俺たちに鋭い眼光を向けた。
「非常事態だったから問い詰めませんでしたが、そもそもあなたたちはどうして夜に出歩いているんですか? 毎年いる困った生徒たちみたいに、夜の校舎内を探検していたわけではありませんよね?」
「げっ」
「それはその……トイレ?」
オーウェンが苦しい言い訳をした。
「トイレは男子寮の中にあるでしょう?」
「授業棟のトイレに来たかったと言うか……ね、フィンレー?」
オーウェンに同意を求められたが、この言い訳に乗るのは悪手だ。
どう考えても、そんな理由で寮を抜け出して授業棟へ行くわけがない。
「諦めよう。さすがに言い訳が苦しい」
「まさか僕たちは罰を受けるんじゃ……?」
オーウェンが恐る恐る先生に尋ねると、先生がにこりと笑った。笑うとなかなか美人だ。
「通常ならそうですね。ただ侵入者を無力化した功績もありますので、夜に出歩いたことは不問にしても構いません」
「本当ですか!?」
「これ以上、この件に首を突っ込まないのであれば、ですが」
笑顔のまま、先生の声が低く厳しいものへと変わった。
どうあっても、先生は俺たちに組織のことを教えてくれないつもりらしい。
それならここで食い下がっても意味が無い。それよりは、先生の提案を受けた方が良さそうだ。
「分かりました」
「僕たちはもう首を突っ込みません」
俺とオーウェンは顔を見合わせ、先生の提案を飲むことにした。
「よろしい。ただし、二度とこのような探検はしないように。次に見つけたら、もう容赦はしませんからね」