男子寮の自室に戻り、ベッドに寝転んだ。
疲労感も手伝ってこのまますぐに眠れそうだ。
なおオーウェンは大人しく自室に戻っていった。
今から寝ると、俺もオーウェンも明日は寝不足で登校することになるだろう。
『眼鏡の似合う美人に叱られて、フィンレーは羨ましいのう』
寝転ぶ俺に、ゴッちゃんが話しかけてきた。
「叱られてるんだから、羨ましくはないだろ」
『なにを言っておるのじゃ。美人教師に叱られるのは、ご褒美に決まっておるじゃろう!』
「前から思ってたけど、ゴッちゃんって好みの守備範囲が広いよな」
俺に指摘されたゴッちゃんは、意味ありげに口の端を上げた。
『フィンレーも守備範囲が広いと儂は思っておるぞ。いつも儂の話に着いてくるではないか』
確かに俺も眼鏡女教師は嫌いではないが。
しかし十二歳の身体では、教師と生徒以上の関係にはなれるわけもないだろう。
『そうやって、付き合えるか付き合えないかでおなごを見ることは、感心せんのう』
「べっ、別にいいだろ!? 俺は青春をやり直すつもりなんだから!」
しかしゴッちゃんの意見にも一理ある。穿った視点で女性を見るのは失礼だった。
これからはもっとフラットな気持ちで女性を見ることにしよう。
眼鏡女教師はイイ!
……と、女性の話はこの辺にして。
「ゴッちゃんは、あいつらが何の組織で、何が目的で学校を襲撃しようとしてるのか、知ってるんだよな?」
『知らん』
知っていて当然だと思って聞いた質問は、知らん、の三文字で返されてしまった。
「知らないのかよ!? 神なのに!?」
『儂は神ではあるが、全知全能の神というわけではないのじゃ』
「じゃあゴッちゃんは、何の神なんだ?」
『ほどこしの神じゃ』
初耳だ。
そしてこの言い方から察するに、神は何体もいて、それぞれジャンル分けがされているのかもしれない。
「ほどこしの神、か」
ほどこしということは、何かを与える神なのだろう。
何かを与える……もしかして。
「人間にスキルを与えたのは、ゴッちゃんなのか!?」
衝撃の事実に気付いた俺は、思わず起き上がってゴッちゃんを見つめた。
『その通りじゃ』
この質問にゴッちゃんは自慢げに答えたが、その結果世界がどうなったのかを、俺は知っている。
「人間にスキルを与えた結果、世界が滅んだ」
『ぐっ』
「そして自分の不始末を無かったことにするために、俺を過去に飛ばした」
『だ、だって! まさか世界が滅ぶとは思わなかったんじゃもん! 儂はちょっとしたプレゼント感覚でスキルを与えただけじゃったのに!』
ゴッちゃんは慌てた様子で言い訳を始めた。
しかし、ゴッちゃんに悪気があったかどうかはこの際どうでもいい。
それよりも気になるのは。
「……もしかして俺、ゴッちゃんの尻拭いをさせられてるのか?」
ゴッちゃんが人間にスキルを与えたせいで、世界が滅びる。
それを止めるために過去に飛ばされたのが、俺。
俺のスキル集めは、ゴッちゃんのやらかしが無かったら、発生しなかった事象だ。
「いやいやいや、自分の尻は自分で拭いてくれよ!? どこに神の不始末の尻拭いをする人間がいるんだよ!?」
ゴッちゃんがゆっくりと俺を指差した。
「ゴッちゃん! いや、あえてこう呼ばせてもらう。ほどこしの神! 自分の尻拭いを人間にさせるなんて、神として恥ずかしくないのか!?」
俺に怒鳴られたゴッちゃんは、拗ねたように口を尖らせた。
『儂だって、時の神に土下座したもん。やらかしを消すために、時の神に頼んで、こうやってフィンレーの精神を過去に飛ばしてもらったんじゃ。儂だって頑張ったもん』
「そういえばあのとき、神に頼んでたな、ゴッちゃん」
あんたがやるんじゃないのかよ!とツッコんだ記憶がある。
『世界の崩壊時にフィンレーを入れた固有結界も時の神のものじゃし、土下座をした甲斐はあったのじゃ』
「時の神、大活躍だな!?」
そしてゴッちゃんは、時の神を頼りすぎだ。
『でも時の神に、これ以上は付き合いきれないと言われてしまったのじゃ。本当は儂が人間にスキルを与える前まで時を戻してほしかったのに』
「世界が終わったら、時の神も困るんじゃないのか?」
『いくら時の神でも、世界中の時を戻すのは難しいらしくてのう。少しでも失敗したら、その瞬間に世界が終わるらしい。そんな失態を犯したくはないから、一人の精神を過去に飛ばすことしかしてくれなかったんじゃ。ケチじゃのう』
「散々時の神を頼っておいて、その言い草はどうなんだ……」
きっと時の神は、自分のせいで世界が崩壊することは避けたかったのだろう。
それならまだ、ゴッちゃんのせいで世界が終わる方がマシ、と。
そして俺の精神を過去に飛ばすことで世界が終わらなくなるなら、それが一番マシ、と。
「俺、ものすごくハズレくじを引かされてないか!?」
ほどこしの神と時の神の利害が一致した結果、俺一人が頑張ることになっている。
あまりにも理不尽だ。
『何を言っておる。フィンレーはラッキーじゃ。本来ならお前は、あのまま世界とともに滅ぶ運命だったんじゃからな』
「そう言われちゃうとそうだけど、なんだかなあ……って、世界が滅ぶのはゴッちゃんのせいだろ!?」
ゴッちゃんが人間にスキルを与えていなければ、こんなことにはなっていない。
ラッキーなどとどの口が言うのだ。
『神にも間違いはあるということじゃ。それに神は理不尽で身勝手な存在じゃよ……まあ神にも個性があるから全員が全員そうとまでは言わんがのう』
「絶対ゴッちゃんは飛び抜けて身勝手だろ!? 俺の人生を何だと思ってるんだ!?」
『まあまあ、そう熱くならずに』
「それ、ゴッちゃんだけは言っちゃ駄目だと思う」
『…………ごめんなのじゃ』
たっぷりと間をあけてから、ゴッちゃんがしょんぼりと謝罪の言葉を口にした。
「確かに怒ったところで、もうどうしようもないけどさ」
……はあ。事実を知ったことで、やる気が削げ落ちてしまった。
俺はゴッちゃんの尻拭いのために頑張らないといけないなんて。
せめてゴッちゃんが美しい女神様だったら、少しはやる気も出たのに。
『フィンレーはまたそうやって、おなごのことばかり考えおって。そんなにお望みなら、儂が女装してやろうかのう?』
うっかり女装姿のゴッちゃんを想像してしまい、俺は吐き気をもよおした。
「……俺、もう寝るから」
『つれないのう。チャーミングな冗談を流されるのは悲しいのじゃ』
「まったくもってチャーミングじゃないからな!?」