夢を見ていると理解しながら見る夢のことを、明晰夢と呼ぶらしい。
だからこれは、明晰夢だ。
だって今回の人生では山籠もりをしていない俺が山にいて、出会っていないはずの師匠が目の前にいるのだから。
「フィンレー、お前はスキルが使えないことを恥ずかしいことだと思っているようだが、それは違う」
「でも師匠。無能スキルは馬鹿にされます」
「確かにそういう風潮はある。だが俺に言わせりゃ、そいつらは全員、努力を知らない間抜けだ」
「間抜け……ですか?」
かすかにだが、この会話には覚えがある。
過去、俺が実際に師匠とした会話だ。
「この世界にはスキルを持たずに生まれてくる人間もいる。あまり知られちゃいないがな」
「スキルが無いなんて可哀想です。無能スキルの俺と同じです」
「可哀想でもないさ。スキルに振り回されずに未来を決めることが出来るんだから。『自分の選択で生きている』と言える」
「自分の選択、ですか?」
「人間はとにかく楽な方へ流されやすい。ほら、持ってるスキルを活かす生き方が楽だろ。だから誰もがスキルを軸に進路を決める。だが俺は思うんだ。その『選択』は、スキルに『させられている選択』じゃないのか。それは本当に自分の選択と言えるのか。ってな」
「難しくてよく分かりません」
夢の中の小さな俺の頭を、師匠が撫でた。
「悪い、話が逸れちまったな。今のは俺の師匠の受け売りだ。つまり何が言いたいかと言うと、スキルが無くてもすごい人間になれるってことだ。俺の師匠がそうだからな。本当にすごい人なんだぞ」
「師匠の師匠は、スキルが無いんですか?」
「そうだ。今は仕事をしながら、スキルを持たない人たちの支援をしてる。彼らを立派に育て上げて偉くなったところで、自分にはスキルが無いって全員で叫んでみんなの意識を変えるんだと。先の長い話だよ、まったく」
師匠は呆れたように、しかし同時にとても楽しそうに、溜息を吐いた。
「……でもその人たち、今はいじめられてるんじゃないですか? だって今はスキルが重要な世の中ですから」
「残念ながらそうだな。だから師匠が支援してるやつらは、自分のスキルを聞かれたときにこう言うんだ。『俺は努力のスキルを持っている』ってな」
「秘密の合言葉みたいですね! でもどうして師匠が合言葉を知ってるんですか?」
小さな俺の頭を、師匠がまたわしわしと撫でた。
「俺は師匠みたいに偉くはなれなかったんだ。どうにも社会ってものが苦手でな。だからこうして山に籠もって暮らしてる。そのことを師匠に謝ったら、幻滅されるどころか褒められちまった。自分で選択できて偉い!ってな。あの人にだけは一生敵わないよ」
あの頃理解が出来ずにそのまま忘れてしまった言葉たちが蘇ってきた。
今は少しだけ、分かる気がする。