「おはよう」
部屋の中を見渡すと、アレッタは部屋の端に腰掛けた状態で眠っていた。
いつ攻撃されても対処が出来るようにしているのだろう。
「よく眠れ……てはないだろうけど、少しは休めたか?」
アレッタは、俺の言葉に黙って頷いた。
『この女は不愛想じゃのう』
(睡眠不足も不愛想な理由の一つかもしれないな。もともと感じが良いタイプでもなさそうだけど)
俺はベッドから降りてアレッタの前へと向かった。
「昨日の話の続きをしても良いか? 昨日は疲れ過ぎてて、最低限だけを聞いて寝ちゃったから」
「何が聞きてえんだよ」
「スキル増幅石の見た目を教えてほしい」
昨日はすっかり忘れていたが、俺はスキル増幅石の見た目をまるで知らない。
これでは校長室を見つけたとしても、肝心のスキル増幅石を壊すことが出来ない。
「そんなことも知らねえのかよ。スキル増幅石は真っ赤な鉱物で、真ん中に空洞があるんだ。禍々しいオーラをまとってるから、ひと目で分かるらしいぜ」
「らしいって、アレッタは実物を見たことが無いのか?」
「悪いかよ?」
「別に馬鹿にするつもりで言ったんじゃない。事実確認をしただけだ」
実物を見たことのある人の情報と、そうでない人の情報は、どうしても差が出てくる。
百聞は一見に如かずという言葉通り、情報量が段違いなのだ。
しかし実物を見ていないからといって、アレッタを責めるつもりは全く無い。
伝聞情報だけでも十分にありがたいのだから。
「スキル増幅石っていうのは、誰かが作ってるものなのか? それとも自然に発生したもの?」
「スキルの力を増幅させるなんて神の意志を利用するような効果のある石が、勝手に生まれるはずがねえだろ」
「誰が制作したものか分かるか? 販売ルートは?」
「ある日突然、何個ものスキル増幅石が世に出回ったんだ。売人の身元は不明。制作者はもっと不明。見つけたら、ただじゃおかねえ。組織の威厳をかけて成敗してやる」
詳細は分からないが、アレッタの所属する革命組織は、神の意志を尊重し人間がその意志に反した行為をすることを嫌っているらしい。
そのため神の与えしスキルの力を使用することは認めているが、人間の手でスキルの力を勝手に増幅させるスキル増幅石のことは許せないようだ。
俺にはその線引きは理解できないものの、考え方なんて人それぞれだから組織を否定するつもりもない。
『ふむ。一人称がオレのおなごは儂の好みではないが、ここまで神を崇めているのであれば話は別じゃ。これからはアレッタちゃんと呼んでやるかのう』
一方でゴッちゃんはアレッタの考えがお気に召したらしく、踏ん反り返りながら偉そうに言った。
(ゴッちゃんがどう呼ぼうとも、アレッタにゴッちゃんの声は聞こえないだろ)
『聞こえなくとも崇めるのが信仰なのじゃ。そして信仰には応えねばのう。ほれほれ、儂が人間にスキルを与えし神じゃ。控えおろう』
(そのせいで惑星が滅びそうなんだけどな)
『ぐうっ』
俺の言葉を聞いて心臓を押さえるゴッちゃんを無視して、アレッタとの話を進める。
「スキル増幅石はどうやって使うんだ?」
「スキルを使用すると石の空洞にスキルが吸い込まれて、そして何倍にもなって発散されるんだ」
「ああ、だからスキル増幅石……聞いておいてなんだが、アレッタはなんでそんなことを知ってるんだ?」
アレッタはスキル増幅石の実物を見たことが無さそうだったのに。
俺の言いたいことを理解したのだろうアレッタは、自身のスカーフを触った。
スカーフには所属する革命組織のマークらしきものが描かれている。
「組織の中にスキル増幅石を見たやつがいるんだ」
ということは、ここまでの話はその人に聞いた情報なのだろう。
「スキル増幅石を隠し持ってるってことは、校長先生は悪い人……だと思うか?」
俺のこの質問を、意外なことにアレッタは肯定しなかった。
「オレたち組織はスキル増幅石が悪いものだと知ってるが、校長は知らずに所持してる可能性もある。その場合は説得してスキル増幅石を渡してもらうつもりだ。多少なら金銭だって渡せる」
「盗むんじゃないのか?」
「前にも言ったがオレたちは革命組織であって盗賊団じゃねえんだ……まあ盗むのが一番簡単だから盗もうとしてたけどな」
校長はいくら払ったらスキル増幅石を渡してくれるだろう。
学校の校長をしているくらいだから、金には困ってなさそうだ。
「もちろん、校長がスキル増幅石の詳細を知ってて所持してる悪者の可能性も十分にある。その場合はスキル増幅石を壊すと同時に、校長もぶっ飛ばす!」
アレッタは気合いを入れてそう言ったが、果たしてアレッタに校長を殴ることが出来るのだろうか。
十二歳の俺にすら勝てないのに。
でもまあ、その辺は勝手にやってくれていい。
校長がスキル増幅石の詳細を知っていたとしても俺は校長に対して何も思わないから、協力も止めもしないつもりだ。
俺の目標は、あくまでもスキル増幅石を壊すこと。
スキル増幅石を取り巻く人間ドラマには興味が無い。
「校長をぶっ飛ばすことに関しては、俺は協力しないからな。俺はスキル増幅石さえ壊せればいいんだ」
『とはいえ、校長がスキル増幅石を制作している張本人だった場合はぶっ飛ばすんじゃぞ』
ゴッちゃんがシャドーボクシングをしてみせたが、これにも俺は首を横に振った。
(もしそうだとしても、ぶっ飛ばすのは今じゃない。今の子どもの身体じゃ、まだまだ強い相手には勝てないからな)
『……そうじゃのう。アレッタたちは弱かったから何とかなったが、お前の身体はまだまだ発展途上じゃ。残念じゃが、今は監視する程度しか出来んかのう』
(まだ校長が悪者だと決まったわけじゃないけどな)
とにかく校長が善人でも悪人でも、俺はスキル増幅石を壊すことだけに集中していればいい。
それ以外のことは、なるようになれ、だ。
「校長をぶっ飛ばすのはオレ一人で十分だ」
「俺相手に手も足も出ないアレッタじゃ難しいと思うけどな」
「なんだと!?」
俺が本音を言うと、アレッタがにらんできた。
しかしいくら俺をにらもうとも、アレッタが強くなるわけではない。
「気持ちは分かるけど、現実は見た方が良い。一人で校長に殴りかかるよりも、アレッタの所属する革命組織とやらのもとに情報を持ち帰って戦力を整えた方がまだ勝ち目がある。急いては事を仕損じるぞ」
「……悔しいが、その通りだな」
少し考えたアレッタは、言葉通り悔しそうにそう言った。
ここで俺は手を叩くと、話を切り替えることにした。
「……ってことで、俺は朝食を食べてくる。ついでにパンでも拝借してくるけど、その後は授業棟に行くから食べ物を持ってくることは出来ない。悪いけど、昼食はパンを節約して食べるか、自分で調達してくれ」
「一日くらい何も食わなくても平気だ」
「それは心強いな。ちなみに早く校長室を探したいだろうが、昼間は人目があり過ぎる。止めはしないが、動くのは夜にした方が良いぞ」
「分かってる。せっかく学校に潜り込んだのに、自ら見つかりに行くつもりはねえよ」
アレッタの答えに安心した俺は、部屋を出ることにした。
「じゃあ俺がパンを持って戻ってきたら、鍵を開けてくれよ」
『またあとでのう、アレッタちゃん』