無事にアレッタにパンを渡した後、俺は寮を出発した。
教室に着くと、すぐにリリーが俺のもとへとやってきた。
「フィンレー君、昨日は眠れましたか? 私はよく眠れなくて……」
「幸か不幸か、俺は疲れてたからぐっすりだったよ」
「私も疲れていたはずなのに、ドキドキがそれを上回っちゃったんですかね」
リリーが眠そうに自身の目をこすった。
リリーの目の下にはクマが出来ている。
「オーウェンは?」
「登校するなり、職員室に呼び出されてました。自衛団のことで……。私たちは昨日ある程度話したので、とりあえず朝は職員室に行かなくていいらしいです」
「とりあえず、か。昨日大体話したから、これ以上話せることはないんだけどな」
俺が鞄から教科書を取り出していると、ものすごい勢いで近付いてくる人がいた。
「ちょっと! あなたたち!」
「キャッ、パトリシアさん!?」
パトリシアに気付いたリリーが俺の後ろに回り込んだ。
リリーは相変わらずパトリシアのことが恐いらしい。
「どうしたんだよ、朝から」
「どうしたもこうしたもなくってよ。あなたたちのせいで、わたくし職員室に呼び出されたんですのよ!?」
パトリシアが俺の机をバンッと叩いたため、俺の後ろでリリーが小さな悲鳴を上げた。
「お嬢様はそんな風に机を叩いちゃ駄目だろ」
「やかましいですわ! ……って、そんなことよりも。あなたたちは昨日、侵入者以外に何か見つけたものはありませんでしたの!? この学校に隠された仕掛けは!?」
「特にそういったものは見てないぞ」
「本当に本当なんですの!? 何かの仕掛けを起動させたりはしてませんの!? どこかに消えたスキルを戻すような仕掛けがあったのではありませんの!?」
パトリシアの剣幕にリリーは怯え、周りの生徒たちは何事かと俺たちに注目をしている。
「どうしたんだよ。何かあったのか?」
「ルナのスキルが戻ったんですの。それなのにわたくしのスキルは戻っていなくて……あなたたちは昨日、本当に何かしらの仕掛けを起動させてはいませんの!? そのおかげでルナのスキルが戻ってきたのではなくて!?」
パトリシアがものすごい勢いで詰めてきた。
俺の後ろでリリーが泣きそうになっているが、気持ちは分かる。
この勢いで来られたら俺でも恐い。
もし俺の中身がパトリシアと同い年のままだったら、俺も恐くて泣いていたかもしれない。
「落ち着いてくれよ、パトリシア。本当に仕掛けみたいなものは起動させてないんだ。ルナのスキルは、時間とともに勝手に戻ってきたんじゃないか?」
「そんなわけありませんわ。だってわたくしのスキルはいつまで経っても……えぐっ、ううっ。もしかしてわたくしは、どこかの町で流行ったという、スキルを失う伝染病にかかってしまいましたの? ぐすっぐすっ」
ついにパトリシアが泣き始めた。
お前が泣くんかい。
『いーけないんじゃー、いけないんじゃー。フィンレーが年下のおなごを泣かせたー』
(今は同い年って設定だよ)
『設定はそうじゃけど、中身は倍以上大人のくせに。酷いやつじゃのう』
そう言われてしまうと、大事にしていたスキルを取り上げるという酷い行いをした罪悪感が湧いてくる。
(じゃあパトリシアにスキルを返してもいいか?)
『それは駄目じゃ。スキルを集めんと惑星丸ごと滅びるんじゃから。そうなったらパトリシアちゃんだって死ぬんじゃぞ』
それなら可哀想だろうとなんだろうと、シラを切るしかないじゃないか。
「残念だけど、俺たちは何も知らないんだ」
『白々しいのう』
(こう言うしかないだろ!? 酷いやつって言ったり、スキルは返すなって言ったり、ゴッちゃんは何がしたいんだよ!?)
『儂はフィンレーを困らせて遊びたいだけじゃ。あまりにもスキル集めをちんたらやっておるから退屈になってのう。嫌ならもっとパパッとスキルを集めるのじゃ』
暇を持て余した神の遊びということか。
ゴッちゃんは楽しいかもしれないが、俺としてはやる気が削がれるからやめてほしい。
俺がゴッちゃんと心の中で会話をしているうちに、ハンカチで涙を拭ったパトリシアが、ビシッと人差し指を向けてきた。
「わたくし、これからもスキルを取り戻す方法を探すつもりですの。あなたたちも何か見つけたら、わたくしに報告なさい!」
「はいはい、分かったよ」
「絶対に報告するんですのよ!?」