階段の先にあったのは、洞窟の地下とは思えないほど清潔な空間だった。
どこかにある部屋を丸ごと洞窟の地下に移動させたと言われても違和感が無い……実際、そうなのだろう。
普通の魔法ではそんな高度なことは出来ないが、複数人で魔力を出し合って使う特殊な魔法か、そういった空間移動のスキルなら可能かもしれない。
「おや。こんな夜中に訪ねてくるとは、礼儀がなっていないですねえ。教育し甲斐があります」
この不思議な空間に圧倒されている俺の耳に、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「校長先生」
部屋の奥、本の積まれている机の向こう側に校長が座っていた。
本の隙間から穏やかな笑顔でこちらを見ている。
「いやあ、少しばかり片付けが苦手でしてね。油断をすると、すぐに机が本で埋まってしまうんですよ。本棚に戻すだけのことが、どうして出来ないんでしょうねえ。不思議です」
校長の言う通り、机の上の本は今にも雪崩を起こしそうになっている。
「校長先生なのに、まだ勉強をするんですね」
「別に校長の職に就いたからと言って全知全能になるわけではありませんからね。まだまだ学ぶべきことはたくさんあります」
身構えたまま、じりじりと校長に近付いた。
俺が近付いても、校長は笑顔を崩さない。
「校長室はこんなところにあったんですね。学校の校長室と聞くと誰でも校舎内にあると考える。その心理を利用した隠し場所がここということですか」
「隠し場所だなんて。ちょっとした遊び心で、ここに校長室を作っただけですよ。秘密基地みたいで良いでしょう?」
校長は相変わらず笑顔のままだ。
俺相手では緊張する必要も無いということだろうか。
「遊び心でこんな場所に校長室を? 確かに隠してるにしては猫の目を押すだけの簡単な仕掛けでしたが……」
俺がそう言うと、校長は器用に片側の眉だけを上げた。
「簡単、ですか。あの石像は目を押すだけの仕掛けではありませんよ。灯りを点けていると猫の瞳孔が開かない仕組みなんです。だからあえて洞窟内を真っ暗にしてから猫の目を押す必要があるんですよ」
「じゃあ俺が仕掛けを突破できたのは偶然みたいなものですね。光魔法を使わなくて良かったです」
またしてもリリーさまさまだ。
リリーには明日、何かお礼をしよう。不審に思われない程度のお礼を。
「それで、こんな夜中に何の用ですか。校長として、夜遊びなら叱らないといけないのですが」
笑っていた校長の目の奥がギロリと光った。何もかもを見透かしているような目だ。
「俺は、とあるものを探してるんです」
「ほう。とあるものとは?」
何と言うべきだろう。
校長が味方とは限らないから、慎重にいかないと。
『フィンレーよ、上手く駆け引きをして、こちらの手の内は隠しつつ校長から情報を引き出すのじゃ』
ゴッちゃんが難しい注文を出してきた。
俺だってそうしたいのは山々だけど、何と言ったら校長から情報を引き出せるだろうか。
…………いいや、面倒くさい。どうせこの校長はすべてお見通しだ。
「俺が探してるのは、スキル増幅石です。校長室にあるんでしょう?」
『直球!』
悩んだ末に俺がスキル増幅石の話を出すと、空気がピリリと張り詰めた。
「そんなものを手にしてどうするつもりですか」
「……あるんですね」
「否定はしませんよ。教育者として、軽率に嘘を吐く姿を生徒には見せたくありませんからね」
校長はスキル増幅石を持っていることを、案外あっさりと認めた。
「あれは良くないものです」
「そのくらい知っていますよ」
俺の言葉を聞いた校長は、立ち上がって室内を歩いた。
敵意は感じられないが、気は抜かない方が良いだろう。実力者なら殺意を隠すことも可能だからだ。
「じゃあ校長先生は、どうしてそんな良くないものを隠し持ってるんですか」
「良からぬことを考える誰かに悪用されないようにするためです」
悪用されないようにするため? それはおかしい。
「悪用されたくないなら、さっさと壊せばいいじゃないですか。どうしていつまでも所持してるんですか」
校長が壁のとある部分を叩くと、何も無い場所から引き出しが出現した。
「君には口で説明するよりも、実際に見せた方が話が早そうですね」
そして引き出しから何かを取り出した校長が、俺の目の前に持ってきた。
「これがスキル増幅石です」