校長の手の上にあったのは、燃えるような赤い石だった。
話に聞いていたように、真ん中が空洞になっている。
「石に見えますけど、これ絶対に自然物じゃないですよね?」
アレッタが言っていたように、石は異様な存在感を放っている。
「はい、人工物ですよ。自然がこんなに禍々しいものを生み出すはずがありませんから。そういう意味では、石よりも魔法道具の方が近いかもしれませんね」
校長は平然と持っているが、石に近付いただけで全身から汗が吹き出てくる。
俺の直感が告げている。あれはヤバイ。
「よく見ていてくださいね」
校長はスキル増幅石を床に置くと、スキル増幅石を取り出したのとは別の引き出しから大きなハンマーを取り出した。
どうしてハンマーが引き出しに入っているのだとツッコもうとしたが、その前に校長はハンマーを力いっぱいスキル増幅石に向かって振り下ろした。
「なにを!?」
「ふう。この歳で力仕事はしたくないものですねえ」
校長がハンマーを持ち上げると、そこにあったのは。
「……無傷?」
傷一つ付いていないスキル増幅石だった。
「このように、物理的な力では石を壊すことが出来ません。魔法での攻撃も試みましたが、結果は同じでした」
物理でも魔法でも壊すことが出来ないなんて、そんな物体はあり得ない。あり得ない……はずだ。
しかしこのスキル増幅石を前にして感じる悪寒は、尋常ではない。この石は常識の範囲外の物体なのかもしれない。
校長はハンマーを引き出しにしまうと、俺に向き直った。
「壊すことが出来ないなら、誰も使えないように隠してしまえばいい。私はそう考えたわけです」
「……スキル増幅石って何なんですか? 誰が何のためにこんなものを?」
この不可思議な物体が、常識で考えられる方法で作られたとは思えない。いくつもの禁断魔法を駆使して作られたはずだ。
材料だって、きっと特殊なものだろう。この石のために掛けた金と労力は計り知れない。
一体こんなものを誰が作ったというのだろう。
「制作者は私にも分かりませんが、破滅願望を持った誰かの仕業だと踏んでいます」
「破滅願望、ですか」
「スキルを多用することは、惑星の寿命を縮める行為ですからね」
校長のこの言葉に、俺は声が裏返ってしまった。
「校長先生はその事実を知ってるんですか!?」
『この者は真実に気付いておるのか!?』
これには、静観していたゴッちゃんも大声を上げた。
「あくまでも私個人の考えでしたが、君も同じ意見ですか?」
「えっと、はい」
「では君も試してみますか? スキル増幅石の破壊」
校長はあっさりと俺に石を壊すチャンスをくれた。
拍子抜けも良いところだ。
「いいんですか!?」
「いくらでもどうぞ」
「では、遠慮なく」
俺は身体中の力を溜めると、スキル増幅石に向かって熱魔法を放った。熱魔法によってスキル増幅石の周りの床がドロドロと溶けていく。
しかしどれだけ熱魔法を放っても、スキル増幅石は先程までと何も変わらない。
「駄目だ。全然効果が無い。じゃあこれなら!」
俺は熱魔法を放つのをやめると、今度は氷魔法を放った。
熱を帯びた石を急速に冷やすことでダメージを与える作戦だ。
「……これも駄目か」
しかしスキル増幅石がダメージを負っている様子は無い。
「やはり君でも駄目ですか。かなりの素質を秘めた生徒に見えたんですけどねえ」
「校舎内の監視魔法で俺のことを観察してたんですか?」
「おや。もう監視魔法に気付いているとは。ですがあれは、非常時以外には使わないようにしています。生徒にもプライバシーがありますからね。侵入者が学校の結界内に入ったときにだけ作動させているんですよ」
ということは、校長はモーゼズたちの侵入も、アレッタたちの侵入も知っていたことになる。
知っていて静観していたとは、食えない人物のようだ。
「結界は気合いを入れて隠してあるので、みんな気付かずに侵入しちゃうんですよ。侵入者と警備員の追いかけっこを見ることが、私のささやかな趣味でしてね」
「それは良い趣味をお持ちのようで」
喋りながら校長は懐から杖を取り出すと、スキル増幅石の周りの床に向けて振った。
みるみるうちに熱魔法で溶けた床が修復されていく。
『この実力者でも破壊できんとは、本当に何なんじゃ、この石は』
スキル増幅石の頑丈さはゴッちゃんも予想外だったらしく、不思議そうに首を傾げている。
(ゴッちゃん、なんとかならないか? 神パワー的なやつで)
『そうじゃった。儂、神じゃった!』
ゴッちゃんは自分の正体に驚いたようにそう言うと、キリッとした顔つきになった。
『いっちょやってみるかのう。フィンレーよ、ちょっとお邪魔するぞ』
(お邪魔するって何?)
ゴッちゃんは俺の質問に答える前に、発言を実行に移した。
俺の心臓目がけて体当たりをしてきたのだ。