「なっ!?」
ゴッちゃんがぶつかった衝撃は無い。しかしその代わりに、身体中が熱くて仕方がない。
「おや。身体が光り輝いていますねえ。神々しいです」
「校長先生は冷静ですね!?」
神々しいという表現はあまりにも適切だ。
どうやらゴッちゃんは俺の身体の中に入ったらしい。
「これまでも不思議なことにはたくさん出遭ってきましたから。今さら身体が発光する程度では驚きませんよ」
校長は知る由も無いだろうが、今の俺は身体が発光しているだけではなく、神が中に入っているのだ。
俺も山籠もりの期間と合わせるとそこそこ生きてきたが、こんな経験は初めてだ。
「……くっ」
身体中から力が溢れてくる。
このままだと俺の身体が持たない。内部に溜まった力によって身体が爆散してしまいそうだ。
『フィンレーよ、このままスキル増幅石にありったけの力を送るんじゃ』
(そうか、力を発散させれば身体を保てる……? いや、力の使い過ぎで倒れるんじゃないか!?)
『倒れるくらいの力でやるのじゃ。この校長は敵ではないようじゃから、あとのことを心配するでない。ほれ、早くやるのじゃ。身体が壊れる前に!』
(分かったよ。やればいいんだろ、やれば!)
俺だってこのまま爆散するのは嫌なので、スキル増幅石を握って身体中の力を石へと送る。
「ぐわあああああーーーーーっ!!」
耳鳴りがする。目の前がチカチカする。呼吸が苦しくなる。
やっとのことで内部に溜まった力を発散しきった頃、遠くの方でゴッちゃんの声が聞こえた。
『力を使い過ぎたゆえ、儂はしばし消える。だが消滅したわけではないから安心するのじゃ。時間が経てばまた会えるからのう。それにしても、なんじゃあの石は。フィンレーのスキル集めの二年を軽く凌駕するエネルギーが惑星に戻っていったのじゃ。こんなにエネルギーを吸い上げていたとは、けしからん石じゃ!』
ゴッちゃんの声が消えると同時に、俺の身体はぐらりと倒れた。
しかし床に激突する前に、校長が身体を支えてくれた。
「……さすがにスキル増幅石の破壊に成功するとは思いませんでしたよ。君は一体……」
校長に問いかけられたが、俺には答えるだけの力は残っていなかった。
「おやおや。応急処置が先でしたね」
ぜえぜえと苦しい息を繰り返す俺に、校長が回復魔法を掛けた。
おかげで全力疾走をした後のようなだるさは残っているものの、それ以外の症状は無い。
とはいえ立ち上がる元気までは出なかったため、大の字になって床に倒れ込んだ。
「疲れたー! スキル増幅石はどうなりました!?」
「粉々ですよ、ほら」
校長の指差す先を見ると、粉砕されたスキル増幅石の残骸が転がっていた。
俺は無事に石の破壊に成功したようだ。
「君が気付いていたかは分かりませんが、スキル増幅石が壊れた瞬間、大量のエネルギーが四方八方に散っていきましたよ」
俺自身はそのことに気付く余裕が無かったが、ゴッちゃんも同じことを言っていた。
きっと、世界の寿命はもとより延びたはずだ。
「フィンレー君。すぐには立ち上がれないようですので、少しお話をしましょうか」
校長がスキル増幅石だったものを、ひとかけらずつ拾い上げながら、話を始めた。
「スキルは、神から与えられた祝福と言われています。努力の末にやっと到達できる領域に、簡単に辿り着くことが出来るのですから」
その通りだと思う。例えばパトリシアは跳躍スキルでかなりの高さまで跳び上がることが出来るが、俺があの高さまで跳べるようになったのは、厳しい修行を十年以上行なってからだ。
十二歳のパトリシアが、俺と同レベルの修行をしてきたとは、とても考えられない。
「スキルは便利なものであり、人間の生活を豊かにしてくれます。何のスキルを授けられるかはランダムですがね。そして多くの人間は、手に入れたスキルを活かせる仕事に就きます」
この話は何なのだろう。校長によるスキル講座なのか?
そんなことを考え始めたところで、校長が俺の顔を覗き込んだ。
「神によって勝手に割り振られたスキル。そのスキルに合わせた道を進むことは、果たして『選択』と言えるのでしょうか」
……どうだろう。
歌の上手い人が歌手を目指すことと同じようなもの……いや、歌の上手い兵士だっている。
他人より歌が上手いからと言って、必ずしも歌手を目指すわけではない。
しかし歌唱スキルを持っていたとしたら?
他人と比べるまでもない程の圧倒的な才能を持っているのに、それを活かさない道を選ぶだろうか。
俺たちは、スキルによって進む道を「選ばされている」のか?
「便利な能力を授かったはずなのに、それによって不自由になるなんて、皮肉な話ですよね。スキルを無視して好きなことを貫けるくらい、人間が精神的に強い生き物だったなら良かったのですがねえ」
ほどこしの神が人間にスキルを与えた結果、人間がスキルを使うのではなく、人間がスキルに使われるようになってしまった。
人間が楽な方に逃げる弱い生き物だったばかりに…………って、あれ。
この話は前にも聞いたことがある。この話をしていたのは師匠だ。そして師匠はこの話を、師匠の師匠からの受け売りだと言っていた。
まさか。
「つかぬことをお伺いしますが、校長先生のスキルって何ですか?」
俺のこの質問を聞いた校長は、これまで見せていた穏やかな笑みとは別の、口の端をクイッと上げた悪戯っぽい笑い方をした。
「私は、努力のスキルを持っています」
……やっぱり。校長は師匠の師匠だ。そしてスキル無しの人間だ。