山口の港町、下関の潮風が春の夜を冷たく染める朝。
佐藤宗次こと佐久間宗太郎と弟子の太郎は、享保年間の九州を巡り大分から門司に行き、ついに山口の下関にたどり着いた。
博多を拠点に長崎、佐賀、熊本、鹿児島、薩摩、宮崎、大分で評を広めた宗太郎は、偽名を使い江戸での暗殺未遂を逃れていた。大分で太郎の評が盗まれ、沙羅の偽評「海人」による波紋が広がったが、宗太郎のフォローで信頼を回復。
黒崎藤十郎と松葉屋の藤兵衛の陰謀が、刺客・弥蔵のスパイ・宗助と沙羅を通じて迫る中、九州から中国地方へ食探求を進める。
下関の市場は、フグの刺身や瓦そばの香りが漂う。漁師たちがフグを並べ、活気が溢れる。宗太郎はフグの白さに目を細め、太郎は最近の人気に自信を深めていた。
「宗次さん、このフグ、めっちゃ綺麗だ! 俺の評、もっとみんなに届けるぜ!」
宗太郎は太郎の成長を認めつつ、提案した。
「太郎、最近お前の評が人気だ。今回は別行動で、山口の味をそれぞれ探ろう。夕方に宿で会おう。」
太郎は頷き、意気揚々と市場へ。宗太郎は別の屋台へ向かった。だが、藤十郎のスパイ・宗助と沙羅は、宗太郎と太郎の動きを監視していた。
宗太郎は屋台「海福」を訪れ、店主の菊乃に声をかけた。50歳の漁師の妻である菊乃は、フグ料理で知られる。宗太郎は注文した。
「菊乃殿、フグの刺身と、ちりを頼む。」
菊乃はフグを捌き、鍋を準備。宗太郎はフグの香りに目を細めた。刺身は白身が輝き、ちりは出汁が温かく香る。宗太郎は味わい、評を心に留めた。
一方、太郎は屋台「瓦香」を訪れ、店主の源蔵に注文。30歳の若手漁師である源蔵は、瓦そばで評判だ。
「源蔵殿、瓦そばと、フグの唐揚げを頼む。」
源蔵は瓦にそばを焼き、フグを揚げた。太郎は瓦そばの香ばしさとフグのサクッとした食感に目を輝かせ、評を書き始めた。
瓦香のフグとそば、めっちゃうまかった! 刺身は白さが海の輝きだ。ちりは出汁が温かくて、下関の優しさを感じる。瓦そばは香ばしさがたまらん。唐揚げはフグのサクサクが山口の力だ。漁師の俺が、下関の海と人への敬意を込めたぜ!
太郎の評は夕方、版元を通じて広まり、市場で話題に。だが、沙羅は前回の失敗を反省し、独自の視点で新たな評を書き上げていた。
沙羅は、宗太郎と太郎の別行動を捉え、太郎の行った屋台を訪れ、味を盗み見。藤十郎の指示で「海人」として、改良版の評を仕上げた。内容はこうだった。
瓦香のフグとそば、ほんと美味い! 刺身の白さは海の輝きそのものだ。ちりの出汁は温かくて、下関の心が詰まってる。瓦そばの香ばしさは格別だ。唐揚げのサクサクは山口の底力だ。海人が下関の海を讃えるが、太郎の評は漁師の単純さしかなく、フグの繊細さを捉えきれていない。真の味はここにある!
沙羅の評は、太郎の表現をほぼ踏襲しつつ、「ほんと美味い」「心が詰まってる」「格別だ」「底力だ」と微妙に言い回しを変え、独自性を加えた。さらに、太郎への批評を織り交ぜ、市場の注目を集めた。沙羅の評は太郎の人気を凌駕し、漁師や客から「海人の方が深い」と評価された。
太郎は宿で宗太郎と合流し、沙羅の評を知った。
「宗次さん、また俺の評が盗まれた! しかも、『漁師の単純さ』って何だよ!」
宗太郎は評を読み、眉をひそめた。
「太郎、沙羅が前回の反省を活かし、独自の色を加えたな。だが、太郎への批評は意図的だ。藤十郎が我々の足元を掻い潜る気だ。」
太郎は悔しさを隠せず、夜の街へ出かけた。
「宗次さん、少し頭を冷やしてくる。すぐ戻るよ。」
宗太郎は頷いたが、不安を覚えた。
夜、下関の路地は静まり返る。太郎は市場近くを歩き、沙羅の評への苛立ちを振り払おうとした。だが、暗がりから人影が現れ、刀が光った。宗助と刺客・鉄蔵が襲いかかり、太郎は抵抗する間もなく胸を刺された。太郎の体は路地に倒れ、血が石畳を染めた。鉄蔵は冷たく言い放つ。
「藤十郎の命令だ。評の邪魔はここで終わり。」
宗助は太郎の死を確認し、沙羅に報せた。沙羅は宿から離れた路地で太郎の遺体を見つけ、複雑な表情を浮かべた。
翌朝、宗太郎は太郎が戻らないことに気づき、市場へ向かった。菊乃が路地で太郎の遺体を発見し、宗太郎に知らせた。宗太郎は太郎の前に跪き、静かに目を閉じた。
「太郎…お前が育った評が、仇になったか…。」
宗太郎は太郎の手元に落ちていた筆と紙を拾い、血に染まった評を見た。そこには、死の直前に書き殴った言葉があった。
沙羅…お前…真の味を…盗むな…
宗太郎は拳を握り、決意を新たにした。
「太郎の死は無駄にしない。藤十郎、沙羅、奴らの手を暴く。」
市場では、太郎の死と沙羅の評が噂となり、漁師たちが怒りを募らせた。宗太郎は菊乃と源蔵に協力を求め、真相を追う計画を立てた。