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第30話 島根のそば、夫婦の絆と旅の始まり


島根の出雲、春の朝霧が田園を包む朝。佐藤宗次こと佐久間宗太郎は、新妻・鮎子と共に広島を離れ、島根へ。享保年間の旅で博多を拠点に評を広め、江戸の暗殺未遂を偽名で逃れた。山口で太郎が刺客に奪われ、沙羅の協力で藤十郎の暗殺計画が中止に。広島で鮎子と結婚し、黒崎藤十郎の陰謀は遠くに。宗太郎と鮎子は新たな旅を始める。



出雲の市場はそばの香りと山菜の匂いで賑わい、漁師や農家が品を並べる。宗太郎は鮎子の手を握り、市場を歩いた。広島での結婚が二人の絆を深め、旅への希望を与えたが、未知の道への不安もあった。



「鮎子、島根の出雲そばを味わう。そなたと共に見る味が、俺の心を新たにする。」



鮎子は宗太郎の手に寄り添い、微笑んだ。



「宗次さん、私も楽しみ。広島の牡蠣から島根のそばへ…一緒に旅ができるのが嬉しいよ。」



二人は市場の奥、「出雲庵」に足を止めた。店主・清乃は50歳の女性で、出雲そばの伝統を守る。清乃は二人の夫婦らしさに気づき、温かく迎えた。



「ようこそ、出雲庵へ。夫婦で出雲そばを味わいに来たなら、うちの自慢を用意するよ。」



宗太郎は頷き、注文した。



「清乃殿、出雲そばを一品。それと、そなたのオリジナル料理も頼む。」



清乃は微笑み、調理を始めた。鮎子は宗太郎の隣に座り、旅の疲れを癒すように肩に軽く寄りかかった。宗太郎は鮎子の温もりを感じ、胸が温かくなった。




清乃が運んできたのは、郷土料理の出雲そばとオリジナル料理だった。

出雲そばは、そば粉の手打ち麺に鴨の出汁と葱が乗せられ、深い味わいが広がる。

清乃のそば饅頭は、そば粉の皮に山菜と鹿肉を包み、蒸した温かい一品。



宗太郎は出雲そばを箸で持ち、鮎子と目を合わせた。鴨の豊かな旨味がそばに染み込み、葱の香りが口に広がる。鮎子も一口食べ、目を細めた。



「宗次さん、このそば、すごく美味しい! 温かくて、島根の山の恵みを感じるよ。鴨の味が深くて…心が落ち着く。」



宗太郎は頷き、鮎子の言葉に微笑んだ。



「 そなたの言う通りだ。出雲のそばは、土地の魂が込められている。鴨の出汁が、そばの香りと調和して…旅の疲れを癒してくれる。」



二人はそばを分け合い、互いに一口ずつ食べさせた。宗太郎が鮎子にそばを差し出すと、彼女は照れながら口を開けた。鮎子も宗太郎に返し、二人は笑い合った。宗太郎は鮎子の純粋な笑顔に、太郎の死を乗り越えた自分の心を感じた。



次に、清乃のそば饅頭に箸を伸ばした。山菜のほろ苦さと鹿肉の野趣が、そば粉の柔らかな皮に包まれ、温かさが口に広がる。宗太郎は鮎子の手を握り、優しく言った。



「鮎子、この饅頭も素晴らしい。山菜の風味と鹿肉の力強さが、そば粉の優しさで包まれている。そなたと共にある旅が、こんな味をくれる。」



鮎子は頬を赤らめ、宗太郎の手に力を込めた。



「宗次さん、私もそう思う。山菜の苦味が、旅の大変さを思い出させて…でも、鹿肉の温かさがそなたの強さみたい。そなたと一緒なら、どんな味も幸せ。」



二人はそば饅頭を分け合い、互いに一口ずつ食べさせた。宗太郎が鮎子に饅頭を差し出すと、彼女は恥ずかしそうに笑いながら受け取った。鮎子も宗太郎に同じように返し、二人は再び笑い合った。清乃はカウンター越しにその様子を見、穏やかに語った。



「若い夫婦だな。出雲のそばが、お二人の絆を深めるといいよ。そば饅頭は、昔、旅人たちに元気を与えるために私が考えたもの。今日、お二人が食べてくれて嬉しい。」



宗太郎は清乃に感謝し、鮎子と肩を寄せた。



「清乃殿、ありがとう。俺たちは旅を続け、各地の味を味わう。そなたのそばと饅頭は、俺たちの旅の思い出になる。」



鮎子は清乃に微笑み、付け加えた。



「清乃さん、そば饅頭、すごく温かくて…私たちに力をくれたよ。ありがとう。」



清乃は頷き、二人の幸せそうな顔に満足げだった。





夕方、宗太郎と鮎子は出雲庵を後にし、宿へ向かった。市場の喧騒が遠のき、二人は手をつないで田園を歩いた。宗太郎は鮎子の手を握り、静かに語った。



「鮎子、広島での日々が俺にそなたを与えてくれた。島根のそばが、俺たちの新しい始まりだ。太郎の遺志を胸に、そなたと旅を続けたい。」



鮎子は宗太郎の胸に寄り添い、穏やかに答えた。



「宗次さん、私もそう思う。太郎さんのことを忘れず、そなたと一緒に旅を続けたい。島根のそばが、私たちに新しい力をくれたね。」



二人は田園の道を進み、夕陽が田んぼに反射する光景に目を奪われた。宗太郎は鮎子の肩を抱き、彼女もまた宗太郎の腕に安心感を覚えた。旅の道中、時折風がそばの香りを運び、二人の笑顔を優しく包んだ。



宿に着くと、宗太郎と鮎子は部屋で夕食の準備を始めた。鮎子が広島で学んだ牡蠣の簡単な調理を試み、宗太郎がそれを手伝った。二人は小さな鍋で牡蠣を温め、互いに味見をしながら笑い合った。宗太郎は鮎子の料理の手際の良さに感心し、彼女を抱き寄せた。



「鮎子、そなたの料理も旅の味になる。俺とそなたの協力が、どんな土地でも温かい食卓を作るよ。」



鮎子は宗太郎の胸に顔を埋め、嬉しそうに答えた。



「宗次さん、私もそなたと一緒に料理できるのが楽しい。旅が長くても、こうやって一緒にいられれば大丈夫。」



二人は夕食を共に楽しみ、旅の計画を語り合った。次の目的地として鳥取を考え、松葉ガニの季節を待つことにした。宗太郎は鮎子に旅の話をし、彼女は目を輝かせて聞き入った。夜が更ける中、二人は布団を並べて眠りにつき、互いの呼吸を感じながら穏やかな夜を過ごした。



翌朝、宗太郎と鮎子は市場を再訪し、清乃に別れを告げた。清乃は二人の手を握り、祝福の言葉を贈った。



「宗次殿、鮎子さん、旅路が安全でありますように。出雲のそばが、いつでもお二人の心に残るよ。」



宗太郎は深く頭を下げ、鮎子も礼を言った。二人は手をつないで出雲を後にし、鳥取への道を歩み始めた。島根の田園が二人の背中を見送り、穏やかな風が旅の始まりを祝福した。沙羅の贖罪と藤十郎の動向は遠くに感じられ、宗太郎と鮎子は夫婦としての新たな一歩を踏み出した。



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