レティアは、夜遅くに屋敷へと戻ってきたライオネルを見つめていた。彼は疲れた様子もなく、まるで日常の延長のように振る舞い、玄関を通り抜けると真っ直ぐに自室へ向かおうとしていた。その背中を見た瞬間、レティアは体の奥底から湧き上がる衝動に駆られ、彼を呼び止めた。
「ライオネル様、少しお話をさせていただけませんか?」
声が震えないようにと意識して言葉を紡ぐ。しかし、その声には自分でも気づかない怒りがにじんでいた。
ライオネルは一瞬足を止め、振り返ると無表情で彼女を見た。その視線には冷たさと無関心があり、彼の返事は短かった。
「何だ?」
その言葉に、レティアの胸はさらに締め付けられた。彼女は深く息を吸い、なるべく冷静に話し始めた。
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「あなたがどこに行かれていたのか、私は知っています。」
その一言に、ライオネルの眉がわずかに動いた。彼の無表情な仮面が一瞬揺らいだが、すぐに冷静さを取り戻したように口元を引き締めた。
「それで?」
何事もないかのような態度に、レティアの中で抑え込んでいた感情が次第に膨れ上がっていった。
「あなたが会っていた女性はどなたですか?」
問いかけた声には、怒りと悲しみが混ざり合っていた。だが、ライオネルはその感情を意に介さないように見えた。
「彼女は私の大切な人だ。それ以上でも以下でもない。」
冷たく突き放すようなその言葉に、レティアの心はさらに傷ついた。
「私のことを考えたことはありますか?私は、あなたの妻としてここにいるのです。」
彼女の言葉には、夫婦としての関係を求める切実な思いが込められていた。しかし、ライオネルの返事は非情だった。
「妻?君は形式上の妻に過ぎない。」
その一言に、レティアの体が震えた。彼の冷酷さは、もはや彼女の心を粉々にするようなものでしかなかった。
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「私にとって、君との結婚は義務だ。そして、彼女は私のすべてだ。」
その言葉が告げられた瞬間、レティアは息を飲んだ。
「彼女は私のすべて。」
その言葉が胸に突き刺さり、体の奥底から湧き上がる痛みを感じた。それでも、彼女は震える声で問いかけた。
「それなら、私は何のためにここにいるのですか?あなたの妻として、何の意味があるのですか?」
だが、ライオネルは冷淡に答えた。
「君の存在は必要だった。それだけのことだ。」
彼はそれ以上何も言わずに踵を返し、廊下を歩き去った。その足音が遠ざかる中、レティアは力なく壁に寄りかかった。
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その場に立ち尽くしながら、レティアの心には怒りと絶望が交錯していた。彼女は、この結婚が単なる形式的なものであることを理解していた。しかし、夫の口から「必要だった」という冷たい言葉を聞いたことで、彼女の中の何かが崩れ去った。
「私の存在は必要だった…ただそれだけ。」
その言葉を繰り返しながら、レティアは涙を流すこともできなかった。胸の中に湧き上がるのは、冷たい怒りだった。
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翌朝、レティアはいつものように朝食の席についた。彼女の顔には昨夜の出来事を感じさせる様子はなかった。豪華な朝食が並ぶテーブルには、再びライオネルの姿はない。いつもと変わらない、形式的な生活が続くのだろうと思うと、胸が苦しくなった。
食事を終え、自室へ戻ったレティアは、窓の外を眺めながら心の中で静かに呟いた。
「私は、このまま終わるつもりはない。」
彼女の中で何かが変わり始めていた。ただ冷たい夫に耐えるだけの妻ではなく、自分の存在価値を取り戻すための行動を起こす決意が芽生えた瞬間だった。
ライオネルの背後に隠された真実を暴き、自分の人生を取り戻す。その覚悟が、彼女の瞳に力を宿らせていた。冷たい言葉の残響の中で、レティアは静かにその一歩を踏み出す準備を始めていた。