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第3話 受付の向こう側

夕方の陽が窓から差し込み、ギルド内の木製の床を赤く照らしていた。一日の仕事も終盤に差し掛かり、ゾルガは報告書の整理を進めていた。


「ゾルガさん、これ最後の書類です」


アシスタントのドワーフ、ガンターが書類の束を差し出した。


「ありがとう、ガンター」ゾルガはそれを受け取り、丁寧に確認していく。


この時間になると、ギルドを訪れる冒険者も少なくなり、静かな時間が流れる。それは彼女にとって一日の中で最も落ち着く瞬間でもあった。


カランカラン——ドアベルが鳴り、誰かが入ってきた。顔を上げると、それはレオンだった。


「約束通り、来たよ」彼は微笑んだ。


ゾルガは思わず時計を見た。確かに彼は「夕方また来る」と言っていた。返事のために来たのだろうか。


「まだ仕事中?」レオンは近づいてきた。


「いいえ、もう少しで終わりです」ゾルガは平静を装った。「依頼は見つかりましたか?」


「いや、今日は依頼のためじゃない」彼はカウンターの前で立ち止まった。「さっきの誘いの返事が聞きたくて」


直球すぎる言葉に、ギルド内にいた数人の冒険者たちが興味津々で見つめ始めた。


「あの…」ゾルガは言葉を探した。「私、オーガ族ですし、あなたは人間で…それに私は受付嬢で、冒険者との私的な付き合いは…」


「種族は関係ないと思う」レオンは静かに言った。「僕はゾルガさんという一人の女性に興味があるんだ。オーガ族だからということじゃない」


その言葉は真摯に聞こえた。ゾルガの心の中で何かが揺れ動く。


「でも、どうして私なんですか?」勇気を出して聞いてみた。


レオンは少し考え、答えた。「最初は単純に見惚れたんだ。青い肌と角が美しいと思った」


ゾルガは思わず息を飲んだ。


「でも、それだけじゃない」彼は続けた。「ゾルガさんがどんなに忙しくても、どんな種族の冒険者にも公平に接している姿勢に感銘を受けた。それに、困っている冒険者には規則を曲げないまでも、最大限の配慮をしているのを見てきた」


レオンの言葉は、ゾルガの心に染み入った。彼女は自分がしていることを当たり前だと思っていた。しかし、それを見ていてくれる人がいたのだ。


「時々、笑顔の下に疲れを隠しているのも気づいていた」レオンは少し声を落とした。「そんなゾルガさんと、仕事以外の場所で話してみたいと思ったんだ」


周囲で聞いていた冒険者たちから、小さな歓声が上がった。中には「いいぞレオン!」と声をかける者もいる。


ゾルガは深く息を吸い、決断した。


「…わかりました。明日の晩、お誘い受けます」


彼女の言葉に、ギルド内から拍手が起こった。レオンの顔に喜びの表情が広がる。


「ありがとう。明日、仕事終わりに迎えに来るよ」


彼が去った後、同僚たちがゾルガの周りに集まってきた。


「すごいじゃない!」アリエルが興奮した様子で言う。


「まさか受けるとは思わなかったぞ」ガンターも驚いた表情だ。


「…明日、何を着ていけばいいかしら」ゾルガは突然の不安に襲われた。


「それなら私が手伝うわ!」アリエルが申し出た。「仕事終わりに私の部屋に来て。魔法で少し手直ししましょう」


ギルドマスターのイルザも近づいてきて、静かに言った。


「ゾルガ、明日は早めに上がっていいわよ。準備する時間が必要でしょう」


「ありがとうございます、マスター」


その夜、仕事を終えて自宅に帰ったゾルガは、鏡の前で久しぶりに自分をじっくり見つめた。青い肌、茶色の髪、額の二本の角。筋肉質だが女性らしい曲線も持つ体。これが彼女自身だ。


彼女はこれまで、自分はあくまでギルドの「顔」であり、個人としてではなく職務として冒険者たちと接してきた。しかし明日は違う。一人の女性として、一人の男性と向き合うのだ。


ベッドに横になり、天井を見つめながら、彼女は明日への期待と不安で胸が高鳴るのを感じた。受付カウンターの向こう側の世界が、彼女を待っていたのでした。


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