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第4話 デートの準備と不安

翌日、ゾルガは通常より早く目覚めた。夢の中でもレオンとの約束のことを考えていたようだ。朝の準備をしながら、彼女は今日一日をどう過ごすべきか考えていた。


「今日は特別な日…か」


鏡を見ながら、彼女は自分の髪を整えた。普段より少し丁寧に。


ギルドに到着すると、すでに噂は広まっていたようだ。同僚たちの視線が彼女に注がれる。


「おはよう、ゾルガ」清掃係のマルコが意味ありげな笑みを浮かべていた。「今日は特別な日だね」


「普通の一日よ、マルコ」ゾルガは取り繕った。しかし内心では、落ち着かない気持ちを抑えられなかった。


午前中の業務は通常通り進んだ。依頼の受付、報告書の確認、報酬の支払い。しかし彼女の心はどこか別の場所にあった。


「ゾルガさん、この依頼書、報酬額が空欄ですよ」


若い人間の冒険者に指摘され、彼女は慌てて訂正した。こんなミスは彼女にしては珍しい。


「すみません、確認不足でした」


昼休憩の時間、アリエルが彼女のもとにやってきた。


「ねえ、今夜の準備はどうするの?」小さな妖精は興奮した様子で尋ねた。


「まだ何も…」ゾルガは素直に答えた。「どうすればいいのかわからなくて」


「じゃあ決まり!仕事終わりに私の部屋に来て。魔法でメイクも服も完璧にしてあげる!」


彼女の申し出に、ゾルガは感謝の意を示した。確かに、デートの経験などほとんどない彼女には助けが必要だった。


午後の業務中、レオンは現れなかった。おそらく夕方まで何か任務をこなしているのだろう。それは少し安心できることでもあった。まだ心の準備ができていなかったからだ。


「ゾルガ、少し話があるわ」


休憩時間が終わる直前、ギルドマスターのイルザが彼女を呼んだ。


「はい、マスター」


事務所に入ると、イルザは窓際に立っていた。


「レオンとのことだけど…」彼女は振り返った。「気をつけなさい」


「どういう意味でしょうか?」


「彼は優秀な冒険者ね。人柄も悪くない。でも忘れないで、彼は人間よ。この国では珍しい存在」イルザは静かに言った。「魔王の国の住民と人間が親しくなることに、良く思わない者もいるわ」


ゾルガは黙って聞いていた。


「あなたの個人的な選択を咎めるつもりはないわ。ただ、受付嬢として、あなたは多くの目に触れる存在。その立場を忘れずに」


「わかっています」ゾルガは真剣に答えた。「でも…一度だけ、自分の気持ちに正直になりたいんです」


イルザはゾルガの決意を見て取り、微笑んだ。「そう…若いのはいいことね。楽しんでおいで」


---


仕事を終えたゾルガは、約束通りアリエルの部屋を訪れた。妖精族の住まいは小さいが、魔法の力で内部は広く感じられるよう工夫されている。


「さあ、入って!準備は全て整ってるわ!」アリエルが明るく迎えた。


部屋に入ると、様々なドレスや装飾品が浮かんでいた。魔法によって宙に浮かぶそれらの衣装は、ゾルガが見たことのないような華やかさだった。


「これ、全部私用に?」ゾルガは驚いた。


「もちろん!今夜のあなたは特別なんだから」アリエルは嬉しそうに言った。「さあ、まずはドレス選びから始めましょう」


次の一時間、ゾルガはアリエルの助けを借りて様々なドレスを試した。しかし、彼女の筋肉質な体型には合わないものが多かった。


「う〜ん、やっぱり通常の妖精サイズでは無理があるわね」アリエルは考え込んだ。「でも大丈夫、特別な魔法があるの!」


彼女は杖を振り、光の粒子がゾルガを包み込んだ。するとゾルガの制服が、深い藍色のドレスに変わった。肩は出ているが、腕は長袖で覆われ、胸元は控えめながら美しく、腰の曲線が強調されるデザインだった。


「これは…!」ゾルガは鏡を見て驚いた。ドレスは彼女の青い肌の色と完璧に調和し、強さと優美さを両立させていた。角も小さな宝石で飾られ、異質さを感じさせない。


「どう?これならオーガ族としてのあなたの魅力を引き立てつつ、エレガントさも演出できるわ」


「ありがとう、アリエル…本当に素敵」ゾルガは感激していた。


「そして、これは…」アリエルは小さな瓶を差し出した。「特製の香水よ。オーガ族の自然な香りを活かしながら、少しだけ花の香りをプラスしてるの」


ゾルガは少し首に付けてみた。確かに彼女らしさを残しつつ、華やかさが加わっている。


「あと30分でレオンが来るわ」アリエルが時計を見て言った。「最後の仕上げをしましょう」


彼女は飾り気のないゾルガの髪を、簡単だが印象的なアレンジに整えた。いつもはただまとめているだけの茶色の髪が、今は優雅な波を描いて肩に落ちていた。


「完璧よ!」アリエルは満足そうに言った。「さあ、行きましょう。彼はもう待っているわ」


ゾルガは深呼吸した。不安と期待が入り混じる複雑な感情を抱えながら、彼女はギルドの正面入口へと向かった。


そこには約束通り、レオンが立っていた。彼はいつもの冒険者の装備ではなく、シンプルだが上質な紺色のジャケットと白いシャツ姿だった。ゾルガを見つけると、彼の目が明るく輝いた。


「ゾルガさん…」彼は言葉を失ったように見つめた。「とても美しい」


「ありがとう」緊張で声が少し震えた。「あなたも、いつもと違って素敵ね」


二人が向かい合って立っていると、周囲の視線が集まるのを感じた。人間と魔物のカップルは、この国でもまだ珍しい光景だった。


「行きましょうか」レオンは腕を差し出した。「素敵なレストランを予約してあるんだ」


ゾルガは少し躊躇したが、彼の腕に自分の腕を絡めた。異なる種族の体温を初めて近くで感じ、不思議な感覚に包まれる。


二人がギルドを出ると、アリエルとマルコが窓から二人を見送っていた。ギルドマスターのイルザも、事務所の窓から静かに見守っていた。


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