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第5話 初めてのデート

魔王の国の首都・ダークレイムの夜は、独特の美しさを持っていた。赤と黒を基調とした建物が、魔法の灯りで照らされ、異世界らしい幻想的な雰囲気を醸し出している。


レオンとゾルガは、首都の中心部にある「月下の饗宴」というレストランに向かっていた。それは魔物と人間の両方が利用できる高級店として知られていた。


「このレストラン、予約が取りにくいって聞いたことがあるわ」ゾルガは少し驚いて言った。


「ああ、少し苦労したよ」レオンは微笑んだ。「でも、特別な夜には特別な場所がいいと思って」


レストランに到着すると、店のマネージャーが二人を出迎えた。彼は長身のエルフで、優雅な動きで二人を案内した。


「お二人のお席はこちらです」


窓際の静かなテーブルに案内された。窓からは首都の夜景が一望でき、街の魔法の灯りが星のように輝いていた。


「素敵な眺めね」ゾルガは窓の外を見て感嘆した。


「君の目の方がもっと美しいよ」レオンの言葉に、ゾルガの青い頬がまた紫色に染まった。


ウェイターがメニューを持ってきた。ゾルガはメニューを見ながら、何を頼むべきか迷った。普段、彼女はオーガ族の食事、つまり大量の肉と野菜を好むが、デートではそれは適切ではないかもしれない。


「何か気になるものはある?」レオンが尋ねた。


「あの…私、普段の食事作法があまり洗練されていないかも」ゾルガは正直に答えた。


「気にしなくていい」レオンは優しく言った。「自分の好きなものを選んで。僕は君の素のままが好きなんだ」


その言葉に安心し、ゾルガは「特製グリル肉の盛り合わせ」を注文した。レオンは「海の幸のパスタ」を選んだ。


ワインが注がれ、二人は乾杯した。


「今夜の出会いに」レオンがグラスを掲げた。


「はい…出会いに」ゾルガも応じた。


緊張から会話が途切れそうになると、レオンが質問を始めた。


「ギルドで働き始めたきっかけは何だったの?」


「私は元々、魔王軍の補給部隊にいたの」ゾルガは答えた。「でも戦闘よりも、後方支援の方が向いていると感じて。それに…平和な日々の方が好きだったから」


「なるほど」レオンは興味深そうに聞いていた。


「あなたは?どうして人間なのに、魔王の国で冒険者をしているの?」ゾルガは最も気になっていた質問をした。


レオンは少し考えてから答えた。


「僕は元々、人間の国の騎士だったんだ。でも、魔物に対する偏見や無意味な争いに疑問を感じていた」彼は静かに続けた。「ある任務で負傷して捕らわれた時、魔物たちに命を救われた経験があってね。そこで気づいたんだ。魔物と人間の間には、思われているほどの違いはないんじゃないかって」


彼の誠実な眼差しに、ゾルガは自分の心が動かされるのを感じた。


「それで、あなたは人間の国を離れたの?」


「ああ、帰国後に意見が対立してね。それで自分の信じる道を歩くために、この国に来たんだ」レオンは肩をすくめた。「最初は大変だったけど、今は多くの仲間ができた。君もその一人だと思っている」


ゾルガは微笑んだ。「仲間…それはいいわね」


料理が運ばれてきた。ゾルガの前には香ばしいグリル肉の山が、レオンの前には色鮮やかなパスタが置かれた。


「いただきます」二人は同時に言った。


ゾルガは最初、小さく切って上品に食べようとしていたが、レオンの「素のままでいいんだ」という言葉を思い出し、徐々に自然体で食べ始めた。オーガ族特有の食欲と共に、彼女は美味しそうに肉を頬張った。


「美味しい!」率直な感想を漏らした彼女に、レオンは楽しそうに微笑んだ。


「そうだろう?このレストランのシェフはミノタウロスなんだ。肉料理の達人さ」


会話は自然と弾み始めた。魔王の軍の裏話、レオンの冒険の話、ギルドでの面白いエピソードなど、二人は時間を忘れて語り合った。


「実は、初めて君を見たとき、少し緊張したんだ」レオンが告白した。


「え?」ゾルガは驚いた。「あなたが?私に?」


「ああ」彼は少し照れたように頷いた。「あまりに美しかったから。それに、受付での仕事ぶりが完璧で近づきがたかったんだ」


「まさか…」ゾルガは信じられない気持ちだった。「私はただ仕事をしていただけなのに」


「それがいいんだ」レオンは真剣な眼差しで言った。「君は自分の魅力に気づいていない。それがもっと魅力的だよ」


デザートが運ばれてきたとき、二人の間の距離はさらに縮まっていた。外の世界では人間と魔物の間に壁があるかもしれないが、この瞬間、二人の間にはただ穏やかな空気が流れていた。


「今夜は本当に楽しかった」食事を終え、レストランを出る頃、ゾルガは心から言った。


「僕もだよ」レオンは彼女の手を取った。その温かさが彼女の心に染み渡る。


夜の街を歩きながら、二人は沈黙の中にも心地よさを感じていた。


「送っていくよ」レオンが言った。


「ありがとう」


彼女のアパートに着いたとき、二人は名残惜しそうに向き合った。


「また…会えるかな?」レオンが尋ねた。


「ええ、もちろん」ゾルガは微笑んだ。「明日はギルドで会えるでしょう」


「いや、そうじゃなくて」レオンは真剣な眼差しで言った。「もう一度、こうして二人で」


ゾルガは大きく頷いた。「喜んで」


レオンは彼女の手を取り、静かにキスをした。ゾルガの心臓が高鳴った。人間と魔物、異なる種族の間の距離が、この小さな接触で一気に縮まったように感じた。


「おやすみ、ゾルガ」


「おやすみ、レオン」


部屋に入ると、ゾルガはドアに背を預け、深く息を吐いた。今夜の出来事が夢のように思えた。彼女は自分の手を見つめ、レオンの温もりがまだ残っているような気がした。


明日からのギルドでの仕事は、きっと今までとは違って見えるだろう。彼女の世界は、少しずつ広がり始めていた。


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