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第6話 ギルドの日常と噂の行方 

翌朝、ゾルガは普段より少し念入りに身支度をした。髪を整え、制服をきちんと着こなし、アリエルからもらった香水を少しだけつける。


「今日は違う日になるわ」


鏡に映る自分に微笑みかけ、彼女はギルドへと向かった。


ギルドに到着すると、いつもより早かったにもかかわらず、すでに何人かの同僚が集まっていた。彼女が入ると、会話が一瞬止まり、全員の視線が彼女に向けられた。


「おはよう…」彼女は少し戸惑いながら挨拶した。


「おはよう、ゾルガ!」アリエルが飛び上がるように近づいてきた。「どうだった?昨日の夜は!」


周囲の同僚たちも興味津々の様子で近づいてきた。ゾルガは一瞬たじろいだが、彼らの好奇心は悪意のあるものではなかった。


「あの…とても楽しかったわ」正直に答えた。


「詳しく聞かせてよ!」マルコが目を輝かせた。


「そうね…でも、仕事が始まるわ。後で話すわ」彼女は優しく笑いながら、受付デスクの準備を始めた。


朝の準備が終わり、開店時間になると、最初の冒険者たちが入ってきた。いつものように彼女は挨拶をし、依頼の説明を始めた。しかし、冒険者たちの目には、何か違うものが映っているようだった。


「ゾルガさん、今日は輝いてますね」ドワーフの戦士が言った。


「え?そう…かしら」彼女は少し照れながら答えた。


午前中の仕事は通常通り進んだが、どの冒険者も彼女に対して、いつもより親しみを込めた態度で接していた。彼女と人間の冒険者とのデートの噂は、すでに広まっていたようだ。


昼休憩の時間、彼女はギルドの裏庭で昼食を取っていた。そこへマスターのイルザがやってきた。


「ゾルガ、少し話があるわ」


「はい、マスター」彼女は緊張した。昨日のデートについて何か言われるのかと思ったが、イルザの表情は穏やかだった。


「聞いたわよ、昨日のこと」イルザは微笑んだ。「幸せそうな顔をしているわね」


「あの…はい」ゾルガは頬を染めた。


「良かったわ」イルザは意外な言葉を続けた。「この国も変わりつつあるのね。人間と魔物が分け隔てなく接するなんて、昔なら考えられなかったことよ」


「マスター…」


「ただ一つ、忠告しておくわ」イルザの表情が真剣になった。「あなたたちの関係は、すでに多くの目に触れている。良い意味でも、悪い意味でも」


「どういうことですか?」


「魔王の国と人間の国の関係は、まだ完全に安定しているわけではない。あなたたちの関係が、政治的な意味を持たされる可能性もあるってこと」


ゾルガは黙って聞いていた。そんな大きな文脈で考えたことはなかった。


「でもね」イルザは再び微笑んだ。「それでも私は、あなたの選択を尊重するわ。ただ、心の準備だけはしておきなさい」


「ありがとうございます」ゾルガは深く頭を下げた。


午後の業務中、ギルドの扉が開き、レオンが入ってきた。彼の姿を見て、ゾルガの心臓が跳ねた。いつもの冒険者の装備に戻っていたが、昨夜の紳士的な姿も鮮明に思い出された。


「こんにちは、ゾルガさん」彼は普段と変わらない挨拶をしたが、その目には特別な光があった。


「レオンさん、いらっしゃい」彼女も普段通りに応対した。「依頼ですか?」


「ああ、新しい依頼を探しているんだ」


彼はカウンターに近づき、依頼リストを見せてもらった。周囲の冒険者たちは、二人の様子を興味深げに見ていた。


「この辺境の村での護衛任務はどうですか?」ゾルガは依頼書を彼に手渡した。


「いいね、これにするよ」


依頼の手続きをしながら、彼は小声で言った。「昨日は本当に素晴らしかったよ」


「私も…楽しかったわ」彼女も小声で返した。


「今度はいつ会える?」レオンは手続きが終わるときに尋ねた。


「この依頼が終わったら…」ゾルガは微笑んだ。


彼が立ち去った後、ギルド内の冒険者たちから小さな歓声が上がった。彼らは二人を応援しているようだった。


しかし、すべての目が好意的なわけではなかった。片隅に座っていた黒いローブの男が、じっと二人を見つめていた。人間の国からの使者のようだ。彼はしばらく観察した後、静かにギルドを後にした。


その日の終わり、ゾルガは仕事を終えて帰り支度をしていた。ギルドマスターのイルザが、彼女に一枚の封筒を渡した。


「これが今日届いたわ。あなた宛よ」


封筒にはゾルガの名前が丁寧に書かれていた。送り主の名前はなかった。


「ありがとうございます」


家に帰って開封すると、中には一枚の紙が入っていた。そこには短い文章が記されていた。


『オーガ族のゾルガへ。

人間の冒険者との交際は慎むべきだ。

お前の立場を考えろ。』


脅迫とも忠告ともとれる不気味なメッセージに、ゾルガは息を飲んだ。イルザの言っていた「悪い意味での注目」が、早くも形になったようだ。


彼女は窓から夜空を見上げた。魔王の国の空は、赤い月が輝いていた。レオンとの関係は、これから試練の時を迎えるのかもしれない。しかし彼女は決心した。自分の選んだ道を、恐れずに進もうと。


受付嬢としての日常に、新たな物語が加わり始めていのだった。


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