それから数日が経ち、ゾルガとレオンの関係は続いていた。ギルドの冒険者たちの間では、すっかり有名なカップルとなっていた。
レオンは辺境の村での護衛任務から戻ると、必ずゾルガに小さな土産を持ってきた。野に咲く珍しい花や、手作りのアクセサリーなど、控えめだが心のこもったものばかりだった。
「今回は何?」アリエルはいつも好奇心旺盛に尋ねた。
「星の実というフルーツよ」ゾルガは頬を紅潮させながら見せた。
「夜に青く光るんですって」
そんな穏やかな日々が続いていたある日、ギルドに緊張が走った。
魔王の国の高官、ダークロード・ゼガーティスが突然ギルドを訪れたのだ。彼は魔王直属の参謀で、滅多に公の場に姿を現さない人物だった。
長い黒いローブに身を包み、角のある冠をかぶった彼の姿に、ギルド内の冒険者たちは息を飲んだ。
「ギルドマスター・イルザはどこだ?」低く響く声で彼は尋ねた。
「こちらにおります」イルザが事務所から出てきた。
「何のご用件でしょうか、ゼガーティス様」
「人間の国との交渉の件だ。話があるぞ」
二人は事務所に入り、扉が閉まった。ギルド内は急に静かになり、冒険者たちは小声で噂し始めた。
「人間の国との交渉?戦争の話じゃないだろうな」
「最近、国境付近で小競り合いが増えてるって聞いたぞ」
「魔王様は何を考えておられるんだ?」
ゾルガは不安な気持ちで受付業務を続けた。レオンのことが頭をよぎる。人間と魔物の関係が悪化すれば、彼の立場はどうなるのだろう。
一時間後、イルザとゼガーティスが事務所から出てきた。
ゼガーティスは冷たい目でギルド内を見回し、特にゾルガに視線を留めた。
「噂は本当のようだな」彼は皮肉めいた口調で言った。
「魔王の国の首都で、人間の男と交際している受付嬢がいるとな」
ゾルガは凍りついたように立ち尽くした。
イルザが一歩前に出た。
「彼女の私生活に口を挟む権利はありませんよ、ゼガーティス様」
「個人の問題ではない」
ゼガーティスは冷たく言い放った。
「今や政治的な意味を持つ。人間の国は、彼らの男がオーガ族の女と交際していることを、我々への示威行為として利用しているのだ」
ギルド内に衝撃が走った。
「それは違います!」ゾルガは思わず声を上げた。
「レオンはそんな…」
「黙れ」ゼガーティスは手を上げた。
「お前の気持ちなど知ったことではない。事実として、お前たちの関係は国家間の問題になっている」
イルザが静かに言った。「では、どうすれば?」
「簡単なことだ」ゼガーティスはゾルガを見た。
「その関係を終わらせろ。さもなくば、その人間は国外追放だ」
言い終えると、彼は威厳をもって立ち去った。
後には重苦しい空気だけが残された。
ゾルガは呆然としていた。周囲の冒険者たちは彼女を励ますように声をかけた。
「なんてこった…」
「政治に巻き込まれるなんて…」
「でも、あきらめるなよ!」
イルザはゾルガの肩に手を置いた。
「少し休憩しなさい。気持ちを整理する時間が必要よ」
事務所で一人になったゾルガは、窓から外を見つめていた。これほど大きな問題になるとは思ってもいなかった。
単なる二人の関係が、国家間の政治問題にまで発展するなんて。
そのとき、扉がノックされ、レオンが入ってきた。彼の表情は憔悴していた。
「聞いたよ…」彼は静かに言った。
「レオン…」ゾルガは立ち上がった。
「人間の国の使者が僕を呼び出したんだ」彼は苦しそうに言った。
「俺たちの関係を、政治的交渉の道具にしようとしているらしい」
「ゼガーティス様も同じことを…」
二人は向かい合って立ち、しばらく沈黙が続いた。
「どうすればいいの?」ゾルガは小さな声で尋ねた。
レオンは彼女の手を取った。
「僕にはわからない…でも、一つだけ確かなことがある」
彼は真剣な眼差しで見つめた。
「僕の気持ちに嘘はない。政治的な意図など一切なかった」
ゾルガは彼の手を握り返した。
「私の気持ちも本物よ・・・でも・・・」
「失礼するよ」
二人が振り返ると、イルザが部屋に入ってきていた。
「すぐに結論を出す必要はない」彼女は言った。
「今は状況を見極めるとき。二人とも冷静に考えなさい」
その言葉に2人は頷いた。
「そうだな…少し時間をおこう」レオンは提案した。
「国家間の緊張が高まっているときだ。僕たちが目立つことで、状況を悪化させたくない」
ゾルガは寂しさと理性の間で揺れ動いた。彼の言うことは正しい。
しかし、ようやく見つけた特別な関係を手放すのは辛かった。
「わかったわ…しばらく距離を置きましょう」彼女は苦しい決断を口にした。
「状況が落ち着くまで」
レオンは悲しそうに頷き、彼女の頬に軽くキスをした。
「必ず解決策を見つけるよ。約束する」
彼が去った後、ゾルガはイルザに向き直った。
「どうして…こんなことに」
「権力者たちは、自分たちの目的のために何でも利用する」イルザは静かに言った。
「でも諦めないで。時間が解決することもある」
ゾルガは受付に戻った。
いつもの笑顔を作りながらも、心は嵐のように荒れ狂っていた。彼女の日常は、突然大きな政治の波に飲み込まれてしまったのだ。