翌日、ゾルガがギルドに到着すると、異様な雰囲気に包まれていた。冒険者たちが集まり、何やら熱心に議論している。彼女が入ると、一斉に振り向いた。
「ゾルガさん!」
トカゲ族のザックが前に出てきた。
「俺たちは決めたんだ。お前とレオンを支援することに」
「え?」ゾルガは驚いた。
「そうさ!」シャーウッド三兄弟の末っ子トムも声を上げた。
「魔物も人間も仲良くできるって証明してやろうじゃないか!」
冒険者たちの間から賛同の声が上がる。
魔物族も人間もドワーフもエルフも、種族に関係なく彼女たちの味方になっていた。
「皆さん…」感動で言葉に詰まる。
「ゾルガ、これを見て」アリエルが新聞を持ってきた。
そこには「魔王の国と人間の国の架け橋となるか?異種族間の恋」という見出しで記事が載っていた。ゾルガとレオンの関係が、すでにメディアにも取り上げられていたのだ。
「大変なことになってしまった…」ゾルガは頭を抱えた。
「でもね」悪魔族のライラが近づいてきた。
「これはチャンスかもしれないわ。あなたたちの関係が、両国の関係改善につながる可能性もある」
「そうだ!」ドワーフのガンターも賛同した。
「古い対立を超えて、新しい時代を作る象徴になるんだ!」
冒険者たちは次々と励ましの言葉をかけてくれた。
彼らの多くは、様々な種族との出会いや冒険を通じて、古い偏見を捨て去っていた。彼らにとって、種族の違いは個性の一つに過ぎなかったのだ。
「本当にありがとう、みなさん」ゾルガは心から感謝した。
その時、ギルドの扉が勢いよく開き、レオンが息を切らして入ってきた。
「ゾルガ!大変なことになった」
彼の表情は切迫していた。
冒険者たちも緊張して彼を取り囲んだ。
「どうしたの?」ゾルガが尋ねた。
「人間の国からの使者団が、今日午後に魔王の城に到着する」
レオンは息を整えながら言った。
「そして、彼らの議題の一つが…僕たちのことだ」
ギルド内に衝撃が走った。
「まさか…」ゾルガは信じられない思いだった。
「ここまで大きな問題になるとは」イルザもやってきて、深刻な表情で言った。
「僕は呼び出されているんだ」レオンは続けた。
「人間側の代表として、会議に出席するよう命じられた」
「何を話す気なんだ?」ザックが尋ねた。
レオンは毅然と答えた。
「僕とゾルガの関係は純粋なものだ。政治的な意図など一切ない。ただ2人の気持ちがあっただけだと」
「でも…それだけで聞き入れてくれるかしら」ゾルガは不安だった。
「そこで提案がある」レオンは周囲を見回した。
「この場にいる冒険者たちに証言してほしい。魔物と人間が共存できることを、この首都のギルドが証明している証拠として」
「いいぞ!」
「賛成だ!」
冒険者たちから声が上がった。
「カウンターの向こうとこちらで、種族を超えて協力し合っている」
レオンは力強く言った。
「ゾルガさんは、その象徴的な存在だ」
ゾルガの青い頬が熱くなった。
彼女はただ仕事をしていただけだったが、彼の言葉は真実だった。このギルドでは、種族の壁を超えた交流が毎日のように行われていた。
「私からも一言」イルザが前に出た。
「私はこのギルドの長として、魔王の城での会議に同行しよう。長い歴史を生きてきた者として、両国の関係についても語れる」
計画が立てられ、それぞれの役割が決まった。
レオンは人間側の代表として、イルザはギルドの長として、そして数名の冒険者たちも証言者として会議に参加することになった。
「ゾルガは?」アリエルが尋ねた。
「彼女も行くべきじゃないの?」
「いや」イルザは首を振った。
「今回は彼女をさらす必要はない。議論の的になっている中、彼女を直接会議に連れて行くのは危険かもしれない」
ゾルガは少し残念に思ったが、イルザの決断を理解した。
「わかりました。ギルドを守りましょう」
レオンは彼女の手を取った。
「終わったらすぐに戻ってくるよ。結果を報告する」
準備の時間はわずかだった。
正午頃、レオン、イルザ、そして選ばれた冒険者たちはギルドを後にした。残されたゾルガは、いつも通り受付業務を続けたが、心ここにあらずだった。
アリエルが彼女の肩に手を置いた。
「大丈夫よ。彼らならやってくれるわ」
時間は遅々として進まなかった。午後の業務中、ゾルガはいつも以上に几帳面に仕事をこなした。緊張と不安を紛らわせるように。
そして日が傾き始めた頃、ギルドの扉が開いた。戻ってきたのはレオンとイルザ、そして冒険者たちだった。彼らの表情から結果を読み取ることができなかった。
「どうだった?」ゾルガは待ちきれずに尋ねた。
レオンとイルザは顔を見合わせ、そして…微笑んだ。
「うまくいったよ」レオンが嬉しそうに言った。
「本当に?」ゾルガは信じられない思いだった。
「ええ」イルザが頷いた。
「両国の代表は、我々の話を真剣に聞いてくれた。特に冒険者たちの証言が効果的だったわ」
「魔王様も出席されていて」レオンが続けた。
「最終的に彼が決断を下した。『個人の感情を政治に利用すべきではない。両国の関係改善は別の方法で進めるべきだ』とね」
「それで...私たちは?」ゾルガは恐る恐る聞いた。
「自由だよ」レオンは彼女の手を取った。
「誰も僕たちの関係に干渉しない。それが両国の合意だ」
ギルド内から歓声が上がった。冒険者たちは喜びを爆発させ、祝福の言葉が飛び交った。
「やったぞ!」
「おめでとう!」
「これで好きにデートできるな!」
ゾルガはレオンの手を強く握り返した。彼女の目に涙が浮かんでいた。
「イルザさん、みなさん、本当にありがとう」彼女は深々と頭を下げた。
「礼を言うのはまだ早いわ」イルザはにやりと笑った。
「これからがスタートよ」
「どういう意味ですか?」ゾルガは首を傾げた。
「実はね」イルザは声を潜めて言った。
「魔王様が言ったの。『彼らの関係が、両国の新しい絆の象徴になるかもしれない』って」
「象徴?」
「簡単に言えば」レオンが説明した。
「僕たちの関係が、魔物と人間の共存を示す良い例として、政治的にも注目されるってことさ」
「つまり...プレッシャーね」ゾルガは苦笑した。
「でも」
レオンは優しく彼女の顔を覗き込んだ。
「僕たちには、それを乗り越える力がある。一緒にいれば」
彼の言葉に、ゾルガは静かに頷いた。
こうして彼女の日常は、再び新しい物語へと続いていくのだった。