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第9話 新しい日々

それからしばらくの間、ゾルガとレオンの関係は首都の話題となった。街を歩けば視線が集まり、メディアにも時々取り上げられた。


彼らは「魔物と人間の架け橋」と呼ばれるようになった。


ある晴れた日の午後、ゾルガはギルドの受付で黙々と仕事をしていた。


そこに一人の人間の少女が迷いながら入ってきた。10歳前後の少女で、緊張した面持ちだった。


「いらっしゃい、冒険者ギルド『闇夜の爪痕』へようこそ」ゾルガはいつもの挨拶をした。


少女は恐る恐る近づいてきた。「あの…あなたがゾルガさんですか?」


「ええ、そうよ」ゾルガは優しく微笑んだ。

「何かお手伝いできることはある?」


「この前の新聞で見たんです」少女は勇気を出したように言った。


「人間の冒険者と仲良くしているオーガ族の受付嬢さんって」


「ああ、そうね」ゾルガは少し照れながら答えた。


「私も…」少女は小さな声で続けた。

「大きくなったら、魔物の友達を作りたいんです。でも、周りの人は魔物は怖いって言うんです」


ゾルガは少女に近づき、優しく手を差し出した。


「怖いと思うのは自然なことよ。知らないものはみんな怖く感じるもの。でも、知り合えば分かるわ。同じ心を持っていることが」


少女は恐る恐るゾルガの青い手に触れた。

「温かい…」


「そうよ、オーガ族も体温は一緒。笑ったり、泣いたり、怒ったり…感情も一緒なのよ」


少女の顔に笑顔が広がった。

「ありがとう、ゾルガさん!また来てもいいですか?」


「もちろん、いつでも歓迎するわ」


少女が帰った後、ゾルガは胸が温かくなるのを感じた。彼女の存在が、少しでも人間と魔物の関係に良い影響を与えているなら、それは嬉しいことだった。


数週間後、ギルドに一つの提案がやってきた。


レオンと共に、魔王の国と人間の国を巡る「親善ツアー」に参加しないかというものだった。


両国の関係改善の一環として、様々な町で講演を行う計画だった。


「どう思う?」レオンは彼女の意見を求めた。


「私? 人前で話すのは得意じゃないわ」ゾルガは戸惑った。


「それに、ギルドを長期間離れるのは...」


「大丈夫よ」イルザが声をかけた。


「あなたの代わりはいるわ。それに、これはいい機会だと思うの。あなたの経験を多くの人に伝えられる」


ゾルガは考え込んだ。


彼女はただの受付嬢だ。


しかし今では、彼女の存在が大きな意味を持ち始めていた。それは責任でもあるが、可能性でもあった。


「...分かったわ」


彼女は決心した。

「挑戦してみる」


レオンは彼女の勇気ある決断に喜びの表情を見せた。

「一緒に頑張ろう」


ツアーの最初の訪問地は、人間の国の国境沿いの町だった。


かつて魔物の襲撃があったという歴史を持つ場所で、魔物に対する警戒心が強い地域だった。


集会場には、好奇心と警戒心が入り混じった雰囲気の中、多くの人々が集まっていた。


ゾルガは舞台袖で緊張していた。


「大丈夫か?」レオンが彼女の肩に手を置いた。


「少し緊張してる」彼女は正直に答えた。


「私みたいなオーガ族を見て、怖がる人もいるだろうし...」


「君の優しさは、外見よりも強く伝わるよ」

レオンは励ました。

「ありのままでいいんだ」


司会者による紹介の後、二人は舞台に上がった。会場からはざわめきが起こり、特にゾルガの青い肌と角を見て、子供たちが親に質問する声が聞こえた。


「こんにちは、私はゾルガといいます」彼女は少し震える声で始めた。


「魔王の国の首都にあるギルドで受付嬢をしています」


最初は緊張していたが、徐々に言葉が流れるようになってきた。


彼女は自分の日常、冒険者たちとの交流、そしてレオンとの出会いについて語った。


「私は最初、人間に対して特別な感情はありませんでした。ただ仕事として接していただけです」彼女は率直に話した。


「でも、レオンを含む多くの冒険者たちと出会う中で気づきました。種族の違いは、ただの外見の違いに過ぎないということに」


レオンも自分の経験を語った。人間の騎士から冒険者になり、魔王の国で生きることを選んだ経緯。


最初の頃の苦労と、徐々に受け入れられていく過程。そして、ゾルガとの出会い。


質疑応答の時間になると、最初は遠慮がちだった聴衆も、徐々に積極的に質問するようになった。


「オーガ族は本当に人間を食べるの?」という子供の素朴な質問に、ゾルガは微笑みながら答えた。


「いいえ、それは古い誤解よ。私たちは普通の食事をします。特に私は肉と野菜のグリルが大好きなの」


「結婚の予定は?」という大胆な質問に、二人は顔を見合わせて赤面した。


「それはまだ...」レオンが言葉に詰まる。


「今はまだ二人の関係を育んでいる段階です」ゾルガがフォローした。


講演が終わると、予想外の反応があった。


多くの人々が二人に近づき、握手を求めたのだ。特に子供たちがゾルガに興味津々で、彼女の角や青い肌に触れたがった。


「怖くない!」ある少年が言った。


「むしろかっこいい!」

その言葉に、ゾルガの心は温かくなった。


ツアーは各地を回り、反応は様々だった。歓迎される町もあれば、冷ややかな態度の町もあった。


しかし、一つ一つの出会いが、少しずつ変化を生み出していることを感じた。


最後の訪問地は、魔王の国の首都・ダークレイムだった。彼らの故郷での講演は特別なものだった。魔王自身も姿を現し、二人の活動を称えた。


「彼らの勇気ある行動は、私たちの未来に新しい可能性を示してくれた」魔王の深い声が会場に響いた。


「両国の関係が、敵対から協力へと変わる第一歩となることを望む」


ツアーが終わり、ギルドに戻ったゾルガを、同僚たちは英雄のように迎えた。


「おかえり!」アリエルが飛びつくように彼女に抱きついた。


「あなたたち、すごく有名になったのよ!」


「大げさね」ゾルガは笑った。

「ただ、自分たちの経験を話しただけよ」


イルザが彼女を見つめた。

「時々、小さな経験が大きな変化を生むこともある。あなたたちは確かに歴史を動かし始めている」


ギルドでの業務に戻ったゾルガだったが、何かが変わっていた。訪れる冒険者たちの態度が、以前よりも友好的になっていたのだ。


人間の冒険者も増え、魔物との交流も自然になっていた。


受付カウンターに立ちながら、ゾルガは思った。


自分はただの受付嬢に過ぎない。しかし、その立場でも何かを変えることができる。小さな一歩が、やがて大きな変化につながることもある。


レオンがギルドを訪れると、彼女は心から微笑んだ。


二人の物語は、まだ始まったばかり。


これからどんな日常が待っているのか、彼女は期待と共に受け止める準備ができていた。


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