翌朝。
私とリンネ、エルノールとドレイクの4人で転移して訪れた『不帰の大穴』
なぜか私にぶちのめされたミシェルさんが入口で佇んでいた。
「えっと、ミシェルさん?魔導王様の指示でしょうか?」
「はっ、美緒さま。鍛え直してこい、とのお達しです。私の事はお構いなく。付いて行けないようでしたら捨て置いてください。確かに皆さまに比べれば大きく実力は落ちますが私とて公表最強。自分の尻くらい自分で拭いて見せます」
「はあ。えっと。じゃあ一応バフだけは掛けますね。人数関係ないので。……オールリジェネ、オーラフィールド、戦意高揚!!」
5人の体が七色の光に包まれる。
「相変わらず美緒のバフ、おかしいよね。50%くらい上昇するとか。じゃあ行こうか」
「美緒さま今日の予定はどのくらいですか?」
「ん?午前中は取り敢えず最下層の70層かな。そこで鍛えて修行僧をカンストさせる予定。そして午後一でノーウイック救出して今夜にはギルドだね」
固まるミシェル。
通常『不帰の大穴』は1日でせいぜい5階層が限界だった。
何しろ広大なダンジョンだ。
モンスターの出現頻度も高くトラップも多い。
「ったく、さすがはゲームマスター様だ。美緒、いきなり最下層へ行くつもりか?」
「うん。マールが一度行っているでしょ。だから私聖魔賢者の魔法『道しるべ』が使えるのよね。えっと最下層のモンスターは大体レベル110前後かな。うん。鍛えるにはちょうどいいね」
「美緒さま、前衛で行きますか?」
「うん。一応修行僧だからね。前衛は私とエルノール、真ん中にリンネ、後衛にドレイクでいいかな」
ぽかんと話を聞いているミシェルさん。
突然笑いだしてしまう。
「はははっ、はは、い、いや、失礼した。……着いて行くなど…私は愚かでした。私は一人、順番に進んでまいります。どうかご武運を」
うん。
別にミシェルさんは弱い訳ではない。
私たちがこの世界において異常なのだ。
レベル67。
普通に誇っていいレベルだ。
素直に頑張ってほしいと思う。
「ミシェルさん、マールが言っていました。『俺が好きに動けるのはグーダランデ伯爵がどっしり構えているからだ。彼には感謝しかない』と。私もそう思います。これからも魔導国をお守りください」
「おお、何よりの言葉。このミシェル、より精進に励みます」
「ええ」
※※※※※
そう言い別れ、私はダンジョンに入るなり『道しるべ』を使う。
頭の中に最短ルートが浮かび、ある程度の場所までは瞬時に移動ができる。
「んーと、65階層までは飛べるね。その先は……あー、フロアボスがいるみたいだね、みんな準備はいい?」
「ええ」
「うん」
「おう、任せろ」
私たち4人は光に包まれ65階層の踊り場へと移動していった。
※※※※※
一方ギルド。
すでにフィムは皆のアイドル状態になっていた。
「はいにいに♡あそぼ♡」
「う、うんフィム。ふう、可愛い」
ニコニコ笑顔のフィム。
今サロンで美緒が出してくれた積み木でハイネ君と二人、可愛らしい小さな手で一生懸命にお家を作っているところだ。
「んしょ」
ピンク色の三角の積み木を積み、大きく息を吐くフィム。
その行動に見ている大人たちがほうっと息を吐く。
「できた♡」
「「「「「「「おおーう」」」」」」」
目をキラキラ輝かせる。
もうみんなメロメロだった。
「うにゃー♡フィムめっちゃ可愛いにゃ♡……抱っこして一緒にお昼寝したいにゃ♡」
「うー、分かる。……ねえミネア?」
「うにゃ?」
「……なんか赤ちゃん欲しくなっちゃうね♡」
ルルーナの何気ない言葉。
ルルーナ大好きなスフォードは思わず赤面し固まってしまう。
「……ル、ルルーナ?…あ、赤ちゃん??……お、俺……」
突然噴き出す彼女への想い。
余りにも露骨なそれに、気付いたルルーナは思わずつられて赤面してしまう。
「なんだあ?ルルーナ。お前もしかして……」
「っ!?に、兄さん?べ、別に私……」
そこに何故か飛びつき抱き着くフィム。
ルルーナの胸に顔をうずめる。
「るるーな?ぎゅうーってして♡」
「うあ?!……ふわああ、フィム可愛い♡……赤ちゃん…こんな感じなのかな……」
そしてちらとスフォードに視線を向けるルルーナ。
スフォードは完全に石化状態だ。
「………ありかも…」
以前ルルーナに告白していたスフォードはかつてとは比べ物にならないくらい男を増していた。
一回り以上鍛え抜かれた体。
そしてスカウトを極め、今は『先導者』という珍しいジョブにつく彼。
彼は元々イケメンだ。
そして何より彼は一度も娼館にはいかずに、ずっと想いを募らせていた。
一途な彼の想い。
ルルーナは熱い瞳で彼を見つめていた。
「んにゃ。これは面白くなるかもにゃ♡」
ミネアの気づき。
またギルドに一足早い春が訪れる予兆かもしれなかった。
※※※※※
「はあっ!!」
美緒の気合の呼吸とともに吹き飛ばされ消滅していく高レベルの魔物たち。
すでにチートの彼女は修行僧の獲得するスキル、7割ほどを獲得していた。
「うん。馴染んできたね。……ふうん。呼吸法……こうかな?ふうう――――」
美緒の体を濃密なオーラが滲みだす。
どっしりとそれは彼女の体を覆い、さらに物理の数値が跳ね上がっていく。
「体が軽い……っ!?感知能力も上がるんだね…シッ!!」
瞬間移動のように消える美緒。
数十メートル先で打撃音と魔物の断末魔が聞こえてくる。
美緒の倒しまくっている魔物のドロップ品を回収しながらドレイクはあきれたように溜息をついた。
「おいおい。こりゃ美緒一人で十分なんじゃねえか?俺たちただおこぼれをもらっている状況だぞ?……おっ?レアドロップ?!……美緒幸運値も異常だからな……出てくるドロップ品もエイン並みかよ……ふう」
「うん。美緒どんどん人間レベル越えていくよね。ちらっと見たらもう亜神になってるし。種族」
「……リンネ様?本当ですか?!」
「あー、でも普通に子供とかは大丈夫だよ?エルノール?」
「っ!?こ、子供?え、えっと、そ、その……」
「うかうかしてると、どんどんおいて行かれちゃうわよ?」
「くっ、……ん?魔物?!はああああああっっ!!!」
弾かれるように魔物に襲い掛かるエルノール。
彼もまた、その力を増していた。
「……リンネ様、性格悪すぎじゃねえか?」
「うん?このくらいは許容範囲よ?まあ、誰かさんと違ってエルノールは純情なの。……ねえドレイク?お子様はいつなのかしら?」
「ぐ、ぐうっ?!……な、なにを?」
「……可愛かったでしょ?……か・の・じょ♡」
「~~~~???!!!!!」
思い出したのか顔を真っ赤に染めへなへなと崩れ落ちるドレイク。
ピンクのオーラが吹き上がる。
「ふん。浮かれちゃって……………いいな」
やっぱり少し性格の悪いリンネなのであった。
※※※※※
程なくたどり着く70階層。
そこで待ち受けるフロアボス。
レベル140を超える大魔獣ベヒーモスが雄たけびを上げる。
それを囲むようにレベル100越えの数十体のケルベロス。
美緒たち4人が足を踏み入れた瞬間、その鋭い眼光が彼らを捕らえた。
「いくよ美緒!!はああっ!『絶封!!』そして……『神炎覇!!!』」
リンネの絶封で敏捷性を阻害される魔物たち。
そして神の炎が彼らを包み込む。
逃れようと激しく動き回りそしてその牙を美緒たちに向け、一斉に襲い掛かる。
「ふん、美緒さまには指一本、いや爪ひとつ触れさせん!!はああっ!!!」
ロングソードで次々と切り裂いていくエルノールの剣戟、そこにドレイクのデストロイヤーの本領が発揮される。
「ははっ、体が軽い。流石美緒のバフだ……負ける気がしねえ……おらああっ!!!」
ドレイクの双剣技が取りこぼしなくケルベロスを切り裂いていく。
すでに人外の3人。
あっという間に取り巻きを片付けた。
その間美緒は修行僧の本懐、どっしりと構えチャクラを練り上げていた。
彼女の体をすさまじい闘気がみなぎる。
「……鬼神双撃!!!!」
音を置き去りにするすさまじい踏み込み。
ベヒーモスの体がくの字に曲がり、数十メートル吹き飛ばされる。
ドガアアアアアアアアッッッ!!!!!!
ダンジョンを揺るがす衝撃に思わず足が止まる3人。
「グギャアアアアアアアアーーーーーー!!!!」
すでにベヒーモスはまともに立つこともできない大ダメージを受けていた。
「……うーん。まだ甘いね」
納得していない美緒。
彼女の理想ははるか高い。
思わず3人は苦笑いを浮かべてしまう。
「ねえ、とどめ、良いかな?」
「……お好きに?」
「ええ」
「……美緒の好きでいいぞ?」
「うん」
美緒は魔力を練り上げる。
「じゃあ……『円獄の炎……集約し……ここに顕現……極魔炎陣』」
全ての大気、凍てつきそして融解。
ベヒーモスを中心に青く輝く超高温の花が咲き誇る。
骨すら残さずに消滅する大魔獣。
やがてもたらされるレアドロップに、ようやく美緒は力を霧散させた。
「これでおしまい…かな?……今……11時過ぎか。まあ及第点だね」
「「「ははは、は」」」
やっぱり美緒はさらにぶっ飛んでいた。