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第92話 ナナの冬季実地演習

美緒がレギエルデと出会う2日前。


ざわつく学園の講堂。


ナナが通うゾザデット帝国の貴族学園で最後のカリキュラム『冬季実地演習』の説明に学生から不満の声が続出していた。


「せ、先生?今おっしゃった事、本気ですか?……僕たちその内容には承服できません。そもそもまともに戦えない生徒だっているんだ、自殺行為だ!!」

「ふむ。辞退しても構わない。ただそうすれば卒業は諦めてもらうしかないがな」

「お、横暴だ!!ぼ、僕はカンバス侯爵家の次男だ、父上に言って抗議させてもらう!」

「好きにしたまえ。すでに皇帝陛下より許可を頂いている内容だ」


皆が不安な表情で立ち尽くす。


今回の実地演習。


ムナガンド大陸の北の果て、極限の大雪原の先、シベリツールでの調査だった。

人の住めない厳寒の地。

ゾザデット帝国北部の山岳地帯に囲まれた未踏の地、ロクに調査もされていないそこはまさに秘境だ。


(……ジベリツール……皇帝陛下、本気なのね……)


最強の冒険者であるエルファスは極限の環境に適応する能力がある。

だがほとんどの生徒は調査どころかそこにたどり着くことすらできないのは明白だった。


(数千年前に封じられし吸血鬼の真祖……ゲームマスターに、美緒に会いたいなんて……)


「コホン。静まり給え。もちろん今回の演習は大きな危険が伴う。だから学園として今回は複数の冒険者に依頼をしてある。いわゆる合同演習だ。……付き添ってくれる冒険者パーティは10チーム。Aランク以上の猛者たちだ。さあ、君たちは100人いる。10名ずつでチームを組みたまえ」


教師の説明に明らかにほっとする空気が流れた。


通常演習は4人パーティーで行う。

流石に今回は10名、しかもプロのAランク以上の冒険者が付き添うおまけ付きだ。


「補足しよう。今回の演習の目的は『生きて帰る』ことだ。無理に戦う必要はない。極限の環境で力あるものを利用し生き残ることが最大のテーマだ。魔道具の使用を許可する。……どうか皆無事に帰ってきてくれ」


「「「「「っ!?」」」」」


皆がざわめく。

理由は分からない。


だけどそう言う教師の目にはなぜか諦めの感情が浮かんでいた。



※※※※※



結果エルファスは皇帝の娘ジナール第2皇女、近衛騎士団長の長男であるガルナ、グラード侯爵家長男ラギルード、男爵令嬢コルン、侯爵令嬢で数少ない友人であるザッダ侯爵家の御令嬢ミリアネート、同じくスランジ伯爵令嬢タニア、ユナード伯爵家長男ギリアルドの8名でパーティーを組むことになった。


最終的な参加者は91名。

欠席者以外は全員が参加することになった。


そして皇女がいることで最強の冒険者パーティー『ブルーデビル』が付き従う。

まあそれは表向きの理由。

今回のクエスト、実はナナを含めた『ブルーデビル』への依頼だった。


思わずジト目をリーダーであるルノークに向けるエルファス。


びくりと肩を跳ねさせつつもにこやかに近づいてくる。


「は、初めまして。私はSSランクの冒険者パーティー『ブルーデビル』のリーダー、エルフ族のルノークと申します。皇女殿下と供をする栄誉、まさに光栄の至り」


膝をつき皇女に口上を述べるルノーク。

流石に最強パーティーのリーダーで慎重な男、TPOは弁えている。


「まあ、これはご丁寧に。でも今回の私はただの生徒。ルノーク様?よろしくお願いいたしますわね」

「はっ。仰せのままに。……他の皆さまもよろしくお願いします」

「「「「「「はい」」」」」」


何故かニヤつくパーティーメンバーのラミンダと、私を見て赤い顔で固まっているゴデッサ。


私は思わず大きくため息をついていた。



※※※※※



ツンドラに支配されているひっそりと佇む洋館。

その地下3階でマキュベリアは長き眠りから目覚め、眷族であり執事長のアザーストに淹れてもらった紅茶を口にし、ほっと息をついていた。


「ふむ。どうやら我の求めているゲームマスターが降臨したようじゃ……アザーストよ、今は何時なんどきじゃ?」

「はっ。あるじが眠りにつきおよそ2000年。……今は帝国歴という新しい年代、25年でございます」

「ほう?いまだヒューマンは滅びぬか……あの創造神の思惑通り……癪だが我は使命を果たすのみじゃな。……ふふっ、美緒……と申すか……ああ、なんて心震わす美しい少女……我は美緒に会いたいのじゃ」


伝説の吸血鬼の真祖。


かつて世界を恐怖のどん底に陥れた人外の化け物。

目の前の眷属、元英雄王アザーストが封印したとされていた絶対者。


彼女の保持する『千里眼』のスキル。

すでに美緒を認識していた。


「アザーストよ。皇帝への通達は行ったのじゃな」

「はっ。じき訪ね人がここへ来るかと。何でも最強の冒険者、ナナと名乗る少女の所属するパーティーがその任を受けたと聞き及んでおります」

「ふむ。少女とな?……美形か?」

「いえ、そこまでは気が回らず。申し訳ございません」

「いや、かまわぬ。何しろメインディッシュは美緒じゃからのう」


可愛らしいピンクの舌をチロリとのぞかせ、自らの唇を舐めるマキュベリア。


「……ああっ♡」


突然自分を抱きしめる。

顔を染め、とんでもない色気が噴出する。


「はあはあ♡……そなたのその新雪がごとく白く気高い首筋……あああっ♡それは我の物……そしてその華奢な体躯……わらわの理想そのものじゃ……くくくっ、創造神よ、貴様の戯言、信じた価値があったようじゃな……くくく、くフフフ………ヒャハハハハハハハハアアアアア!!!」


ニタリと悍ましい笑みを浮かべるマキュベリア。

その美しく整った小さな口には白く長い牙が見え隠れしていた。


何故か残念なものを見るような瞳を浮かべるアザーストに、マキュベリアは気づくことなく馬鹿笑いを続けていた。



※※※※※



「ううっ、寒いですわ。ラギルードさまぁ♡温めてくださいまし♡」

「ふふん。甘えん坊だなコルンは。どおれ私の手で温めてくれよう」

「いやん♡もう、そこは寒くはありませんわ♡」


移動する馬車の中。

完全に二人の世界に没入し乳繰り合うラギルード侯爵令息とコルン男爵令嬢。

人前だというのにいやらしく顔を歪めコルンの胸の谷間に手を突っ込んでいる。


皇女殿下はそれをまるでゴミでも見るような視線を投げて口を開く。


「エルファス様?あれは何かしら」

「はあ。……ただの馬鹿では?」


流石に皇女の目の前。

一瞬我に返ったラギルードは気まずそうに咳ばらいをした。


「コホン。あー、コルン。ここでは少しばかり気を使う必要がある。そなたも我が国の貴族令嬢、少しは控えるのだな」

「はあい♡ごめんなさい」


そして私を睨み付け舌打ちをする。


「……エルファス様?彼はまだ知らないのかしら」

「ええ。今夜父上が伝えに行きますので。明日以降は他人になりますの。せいせい致しますわ」

「ふふっ。良いご判断だと言わざるを得ませんわね。エルファス様は聡明でお美しい方。この男にはもったいないですわ」


皇女殿下は通常の感性を持たれている。

だから婚約者がいるにもかかわらず痴態をさらすこの男、ラギルードの事が以前から気に入らなかった。

そして実はエルファスが冒険者ナナだと知っている数少ない皇族でもある。


声を潜めるようにエルファスに耳打ちするジナール殿下。

エルファスは思わず目を白黒させる。


「……今回の実地演習、父上の強い要望なのですわ。『ナナ様』は何かご存じ?」

「うあ、え、えっと……と、特には?……はは、あははは……」


もう、ジナール?

声が大きいよ?


うう、ラギルードが怪訝な目で私を見てるし……


「おい、エル」

「は、はい」

「お前今、なんといった?私と他人?……どういうことだ?!」


あー、そっち?

ふう。


私は真っすぐに彼の瞳を見つめる。

何より私に疚しい所はない。

さらに圧を乗せ、射抜く勢いでさらに見つめる。


視線を逸らすラギルード。


……一時とはいえこんな男と婚約をしていた自分が情けない。


「…婚約の解消でございます。今夜父上がグラード侯爵様へ伝えます」

「なっ?!き、聞いていないぞ!?そ、そもそも私は認めん。お前は俺の婚約者だ!」

「あら。今更婚約者気取りですか?散々わたくしの目の前でその乳牛のような女とイチャついておきながら……どの口が言うのかしら」

「ぐっ、だ、だが……」


みっともなくうろたえる姿にエルファスは急速に冷めていく自身の心を認識していた。


ああ、私……

少しだけだけど…この方の事、好きな気持ちあったのね……


視線を切り馬車の窓へ顔を向ける。

そこは既に白い世界が広がっていた。


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