夕刻、ツンドラ地帯のやや手前。
拓けた森の途切れた場所に学園生ら91名と護衛の冒険者52、総勢143名が到着し、拠点となる設営地の準備を始めた。
流石はAランク以上の冒険者たち。
手際よく行動する様はまさに熟練している様子がうかがえた。
学園の生徒もそれなりに優秀だ。
冒険者の指示の元、拠点の設営は順調に進められていった。
「おいルノーク。ナナ姫は今日はいねえのか?」
「お?おう。彼女は別件でな。なんだ?ナナに何か用でもあるのか?伝言なら伝えておくが」
「い、いや、そういう訳じゃねえけどよ……邪魔したな」
「ああ」
到着し設営を始めてまだ30分ほど。
すでに同じ声がけを数回されていたルノークは思わずため息をつく。
ナナは美しく可愛い。
冒険者の男たちは殆どが彼女とお近づきになろうと、今回のクエスト、実は申込件数が異常だった。
基本『ブルーデビル』はレイドなどを組むことがない。
ナナがあまりにも強いのと、彼女の秘密が万が一でも漏れることを恐れているためだった。
そんな中の共同の依頼。
男たちは目の色を変えていた。
「ふん。俺達のナナに声をかけるなど。到底容認できぬことだわい」
「そうだな。おいゴデッサ、それとってくれ」
「おう。…相変わらずルノークは慎重だな。アンカーはそのくらいでいいだろうに」
「いや、ここはあのツンドラ地方の端。どんな化け物が出るか分からん。寝込みでも襲われてしまえば全滅だってあり得るんだ」
「ううむ。まあな」
ルノークは慎重な男だ。
だが彼のその慎重さに救われたことは数回ではきかない事もまた事実だった。
(まったく。頼りになるリーダー様だ)
「あん?何か言ったか?」
「いいや?……おっと炊き出しが始まったみたいだ。貰ってくるぞい」
「ああ、頼む」
※※※※※
テントの入り口からそんな様子をちらりと見やり、第2皇女殿下であるジナールは悪戯そうな顔をし、エルファスに視線を投げる。
「ふふっ、あなた様のパーティー、やはり飛び抜けておりますわね」
「うーん。まあ強いっちゃ強いけどね……それよりもジナール?みんなの前では内緒って言ったでしょ?びっくりしちゃうじゃん」
「ふふっ、やっといつもの貴女になったわね。あんまりにも堅苦しくお話しするのですもの。……嫌われたかと心配しましたわ」
「そ、そんなわけないでしょ?TPOよTPO」
「???てぃーぴーおー?…なんですのそれ」
「あー、うん。冒険者用語?みたいな…」
いけない。
最近色々あって転移者の美緒とも話したから地球の言葉出ちゃう。
気を付けないと…
思わず思考を巡らすエルファス。
そんな彼女にジナールは少しばかり怪しい色を瞳に載せ、ニヤリとほほ笑んでいた。
※※※※※
この二人、実は幼少の頃よりいわゆる幼馴染としてしょっちゅう色々と悪さをしていた。
ジナールは第2皇女。
でも彼女はとんでもなくおてんば娘だった。
頭を抱えた皇帝であるゾルナーダは当時より宰相を勤めるレリアレード侯爵に相談し、当時からかなり『おかしかった』エルファスを紹介していた。
そしてまだ幼いエルファスが特に気にせず放った言葉。
その言葉にジナールは痛く感銘を受け、そしてそのように振舞った。
つまり『真面目を演じるやんちゃ令嬢』を地で行っていたのだ。
「…ん-?良いんじゃない?私たちまだ子供よ?にっこり笑って『はい』って言えばたいてい許されるし、不味い時は目を潤ませて『……ご、ごめんなさい』って言えばオッケーでしょ?大体誰も心の内なんて分からないんだもの。わざわざ突っ張って、怒られる必要なんてないし?どうせならいい子ちゃんだと思わせとけばいいのよ。そしていざというとき『だが私は強いのよ!』って。……カッコいいでしょ?」
元々優秀な姉に劣等感を持っていて、その反動で不貞腐れていたジナール。
自分では気づいていなかったものの彼女もまた優秀だった。
エルファスの言葉で変貌を遂げた彼女は突然台頭を始める。
読めない、抜け目ない第二皇女、そして優秀な第一皇女。
帝国の評価は実はこの姉妹のおかげで一目置かれるほどになっていた。
※※※※※
そんな彼女だが今はふざけてばかりもいられない。
先ほどからのエルファスの『妙に緊張している様子』に危機感を募らせていた。
そしてエルファスに詰め寄るジナール。
気付けばすでに退路はなく、数センチで触れてしまう距離まで顔が近づいていた。
「ちょ、ちょっとジナール?ち、近いっ?!」
「ふふっ。本当に可愛い。聞きたい事あったけど……これはチャンスね……唇…奪っちゃおうかしら♡」
そしてさらに近づくジナール。
吐息がかかりまさに唇が触れる、その瞬間―――
「ジナール様、配給ですわ…っ!?はうっ?!…ご、ごめんなさい…わ、わたし」
「あら、ありがとうございますミリアネート様。……エルファス様?目のゴミとれまして?」
「っ!?は、はい……ありがと……」
「っ!?目、目のゴミ?……わ、わたくし、てっきり…」
「嫌ですわ?もしかしてわたくしとエルファス様…そういう仲とお思いですか?」
「っ!?い、いえ、そ、そのような…あ、あの、失礼いたします」
ザッダ侯爵家の御令嬢ミリアネートはテントを後にする。
一応家格に応じ設営されたテント。
元々ジナールとエルファスは同じテントだ。
「むう。タイミングの悪い……もう少しでエルファス様の初めて♡……奪えそうだったのに」
にっこりと色気を乗せほほ笑むジナール。
エルファスは真っ赤だ。
「も、もう、からかわないでっ!!」
「はいはい。ごめんなさい」
「うううー、全然反省してないでしょ?!」
美しい第2皇女、そして国一と言われる美貌のエルファス。
百合百合しい雰囲気に気付いたミリアネート嬢。
彼女が一人テントで悶々としていたのはここだけの秘密だ。
※※※※※
配給された食事をとり、一息ついた二人。
改めてジナールはエルファスに問いかけた。
「それで、どういうことか教えてくださるのかしら?」
「えっ?な、何の事?」
「んんー?ここまで来てもとぼけるのかしら?……ねえ、エルファス」
「な、なによ」
にじり寄るジナール。
先ほどの急接近がよぎり思わず後ずさるエルファス。
「わたくし、これでも第2皇女なの。分かるわよね?」
「う、うん」
「閨(ねや)事情の技術、興味はありまして?」
「ね、ね、閨事情?……そ、それって……」
「ええ、殿方を喜ばせる技術ですわ。……もしまだとぼけるおつもりなら……私の技術、あなたに試しちゃうかも♡」
ゾワリと背中に寒いものが走る。
言っておくがエルファスはノーマルだ。
気付けばまたすでに逃げ場のないエルファス。
ジナールの可愛らしい手がエルファスの形の良い胸にやさしく触れる。
「っ!?ひ、ひいっ?!」
「ふふっ、なんて可愛らしい……柔らかい♡」
そして怪しく蠢き、エルファスは転生後初めての感覚に言葉を失ってしまう。
「……まだ言わないのかしら……ふふっ、じゃあ次は……」
顔を染め目を細めるジナール。
メチャクチャ色っぽい?!
彼女はそっと手を下の方へと……
「わ、わかった、分かりました。だ、だから……そ、その…」
「まあ。教えてくださるのね?ふふっ、さすがエルファス様。お優しいですわ♡」
にっこりと笑うジナール。
流石は皇女。
やはりそういう謀(はかりごと)、エルファスは彼女の足元にも及ばなかった。
「……じ、実は……」
そして明かされた皇帝からのオーダー。
吸血鬼の真祖である伝説との邂逅。
ジナールは冷や汗を流す。
「それって……大丈夫ですの?」
「正直分かんない。でもたぶん……放っておけないと思う。むしろあっちからのアプローチだ。乗った方が良いのは私でもわかる。何しろその真祖?3000年前この大陸はおろか、全世界を支配したほどの存在らしいのよね」
「っ!?……まったく。貴女それ黙って行くつもりでしたの?それこそパニックになるのではなくて?わたくしを使いなさいな」
「えっ?ジナールを?……どういう事?」
「私が皆に伝えます。エルファス様は女の子の日。なのでテントで休んでいます、と。それならば殿方は絶対に近づかないでしょ?ましてや今回はここで過ごすこと自体が目的。テントから出なくても怪しまれませんわ」
「うえ?!お、女の子の日……や、ま、まって?!そ、それ恥ずかしすぎるのだけれど」
「もちろん聞かれた場合に限りますわ。『いなくなった』よりは信ぴょう性、高くはなくて?」
「うう、そう、だけど……」
思わず顔を赤らめてしまう。
確かに皇女の言葉。
それにこの子の演技力はぴか一だ。
きっとみんなが疑いもしないだろう。
「ちなみにいつ行くのかしら」
「っ!?……えっと……今から」
「まあ?!もう。……聞いてよかったですわ」
「う、うん。ごめん」
ジト目を向け、そして大きく息を吐くジナール。
おもむろににっこりと笑いかける。
「連れてくるのでしたら私たちのテントにしてくださいましね?わたくし興味あります」
「ええっ?そ、その……」
(えええっ?もしうまくいったら、すぐに転移しようと思っていたのに……流石にジナールでも、転移だけは教えられない)
「もう。何かあるとは思います。詳しくは聞かないわ。でももう少し信用してくださってもいいのではなくて?」
「っ!?……う、うん。……そ、そのうち、ね」
「………ふう。分かりましたわ。……ねえ、エル」
「ん?」
「ご武運を」
「……ありがと。……っ!?合図……行ってくるね」
「はい」
夜8時。
一応就寝時間だ。
ここから冒険者たちが交代で夜警を行う。
因みにブルーデビルは深夜4時からとなっていた。
「ルノーク、お待たせ」
「おう。……お姫様は撒けたか?さすがに話せんだろ?」
「あー、ごめん。全部バレた」
「……はあ。まあいいや。行くぞっ」
「うん」
そしてツンドラ地帯へと向かうブルーデビル一行。
この先何が待ち受けているのか。
ナナは気を引き締め、雪深い獣道を進んでいった。