吹きすさぶ雪道を進むことおよそ10分。
使い魔である妖精龍ノロットが小さく2度鳴いた。
「っ!?」
「……警戒だ。皆、気配を探れ」
妖精龍であるノロットの索敵範囲はナナを上回る。
そして降り続いていた雪が急に止まり、ボウッと黒い影が視界に入り込んできた。
「ほう?我が気配に気づくか。……なかなかどうして……優秀ではないか」
凄まじい魔力圧を纏い、背の高い紳士が黒っぽいコートのような物を羽織り4人と1匹の前に姿を現した。
「……貴方は真祖の使いだろうか?」
「…真祖『様』だ、人間。…まあよい。我が主は寛容だ。……そこの女」
「…なに?」
「結界を解いてはくれぬか?これでは飛べぬ」
「……まさか転移?」
ナナは自身を包む驚愕を気付かれまいと平静を装う。
転移魔法はこの世界でまさに伝説級。
美緒の所属するギルドでは自分を含め4人が使えるが、そもそもあそこはおかしい。
美緒の情報だとこの世界、使い手は6人しかいないらしい。
「ふっ、かような伝説級、我には無理だ。いうなれば契約よな。精霊の力を借りる。……ゆえにそなたのその恐ろしいまでの魔力、精霊が怖がるのだ」
「……ふう。分かった……これでいい?」
「ふむ。……そなたナナか?」
「っ!?…どうして私の名を?」
その男はまるで見定めるように私に視線を向ける。
「なに、皇帝から聞き及んでおる。この国最強の冒険者がそなた、ナナであると」
「……そう」
「警戒は……まあ仕方ないか。だが誓おう。危害を加える気はない。信じてはくれまいか」
正直胡散臭い。
何より私たちはその真祖とやらの目的を知らない。
「契約、できるかしら」
「契約?」
「ええ。この国の貴族は契約を重んじる。残念だけど誓いは信用できない。危害を加えぬとの契約が着いていく条件」
「ふむ」
腕を組み考える男性。
そしておもむろに頷き私に向け手を伸ばす。
「私は古い存在でな。以前私が活動していた時は手の甲に契約を刻んだと記憶している。これでよいか?」
「……ええ。……貴方はまっとうなのね。見直したわ」
「それは重畳。……それでは我が主の住処へとご案内しよう」
「お願いね」
私たちの周りに小さな魔力の塊があふれ出す。
小精霊、意志を持たぬ自然現象の様なモノ。
それが発光し私たちは光に包まれた。
そして気付けば―――
私たちは数世代前の様なアンティークな屋敷のロビーで佇んでいた。
「ふむ。問題なく着けたようだ。ではそこのソファーで待っていていただきたい。主を連れてこよう」
「…分かった」
流石に受け答えについては基本ルノークに仕切ってもらっている。
彼も承知している事だ。
率先して返事をしてくれた。
「……ナナ、どう見る?」
「んー。強いね。少なくとも私しか勝てない。それに覗かれている。最初からずっと」
「あー、やっぱりね。なんかぞくぞくするよね。それにあの男の人、私見た瞬間、背筋が寒くなったもん。ナナぁ、守ってね♡」
「うん。問題ないよ」
「流石はナナじゃい。せめてワシらは恥ずかしくないよう、どっしりと構えておくが良いだろう」
「そう、だな」
そんな話をしていると、ロビー全体を押しつぶすような魔力があふれ出した。
いよいよその主がお出ましらしい。
「……エリアフィールド」
軽度の結界を構築し、様子を見る。
すると一瞬で私をのぞき込む、怖気づくような美しすぎる女性が私の目の前に現れた。
「ほう?これはこれは……お主。強いのう……クカカ、それになんという……美しい」
「……それはどうも?私はナナ。……お名前、お聞かせ願えますか?」
「これは失礼した。我が名はマキュベリア。吸血鬼の真祖にして永遠の時を生きるもっとも神に近しものじゃ。ナナよ、歓迎しよう」
マキュベリアと名乗る女性。
見た目は私と同じか少し幼い。
15~16歳くらい?
恐ろしいほど整った顔をしている。
漆黒のような長い黒髪、陶器のような透き通った白い肌。
深紅に輝く瞳がやけに大きく見える。
そして愛らしい口から覗く鋭い牙。
やや小柄ながらもしっかりと女性らしさを兼ね備える美しい肢体。
まさに伝承にある吸血鬼そのものだ。
何より彼女がまとう魔力。
凄まじい。
(……美緒?私たちの同志よ……うん、たぶんこの人もCだ)
「……わらわはこの姿が好きなのじゃが……もっと大人の方が良いのか?」
「いえいえ。そのままで」
なぜか残念そうな気持がルノークから伝わってきたけど…却下で。
「それにしても…ゲームマスターは、美緒は、ナナよりも強いのか?信じられぬ。そなた、誠に人間か?……よもや神ではあるまいな」
何故かいきなり強くなった気がしてしまう。
不味い?
私より強い?!
私は反射的に自分の称号『ウルティメートプレデター』を発動させる。
そして気付く。
「ええっ?!!!」
「っ!?な、なんじゃ?突然大声を出しおって……うぐっ?!」
マジで?
この人……食材認定された?
へー。
食べられるんだ。
じゅるり。
………どんな味するんだろ♡
※※※※※
ナナ、本名
今確認した事実に彼女の本能が疼きだす。
ニヤリと顔を歪めるナナ。
そしてすさまじい魔力がまとわりつく。
「っ!?……き、貴様?!!……我を喰らうつもりか?…ふふふっ、信じられぬ……勝ち筋が完全に消えた」
「……ねえ、マキュベリア?……貴方、不死なのかしら」
「まあ、の。……じゃが、わらわとてただでは食わせん。ふん、戦闘ではまさにまな板の鯉じゃな。……敵う道理がない……ならばっ!」
突然在り得ない速度で消えるマキュベリア。
そして部屋の隅で悍ましい魔力が音を立て吹き上がる。
彼女の称号『ヴィルトゥオーゾ』
超絶技巧者。
本来それは楽器などを奏でる技巧者。
でもマキュベリアのそれは……
人体に対しての称号だった。
「ぐうっ?!」
「ひ、ひいっ、ナ、ナナぁ?!!」
「ぐぬう、な、何という?!!」
ルナークとラミンダとゴデッサ。
彼等は一瞬で死を覚悟した。
このままだと魔力圧だけで間違いなく殺される。
「………もう、食材ちゃん♡……『おいた』はいけないよ?」
最上級の食材……
ナナはいわばトランス状態。
遠慮なくその力を振るおうと『食材調達S』を発動しマキュベリアを拘束する。
(絶対に逃がさない……くふっ♡……さあ、追いかけっこの始まりだよ♡……っ!?むぐうっ?!!!)
当たり前だが食べられてしまう恐怖。
全ては脱兎のごとく逃げ惑う。
だがマキュベリア。
彼女は一味違っていた。
拘束してきたナナに逆に自ら抱き着いて、称号を発動。
何と彼女の唇を奪ったのだ。
「んんん?……んあ♡……んん♡」
「言ったじゃろ?ただでは食わせん。どうせ食われて死ぬのなら……貴様の純潔、わらわが先に味わおうぞっ!!」
マキュベリアの超絶テクニックがナナの舌を絡めとる。
いやらしい音を立て、ナナの唾液を貪りつくす。
「んあ♡……ちょ、ちょっと?!!……あ、あうっ♡……ん、んん♡――――」
「むう?なんと。……圧が消えおった……気が動転しスキル効果が消失しおったか……くくく、……なんという僥倖……何とも甘い唾液じゃ…たまらん…それにこの手触り……」
おもむろにナナの胸に手を這わす。
マキュベリアの称号『ヴィルトゥオーゾ』はまさに長すぎる歴史がある。
人体の、女性の弱点を知り尽くしていた。
服の下に手を侵入させ、直接肌に触れる。
さらなる攻めがナナに襲い掛かる。
そして突き抜ける興奮にマキュベリアの呼吸が荒くなっていく。
「はあ、はあ、はあ♡……ふふっ♡どうした?ナナよ……さっきまでの勢い、どこにいったのじゃ?……むしろわらわが喰らってくれようぞ……」
そしてなぜかいきり立つマキュベリアの下半身。
彼女たち絶対者。
両性を具有していた。
「…あ、い、いやぁ、…やだ、や、やめて……」
押し倒され体をまさぐられ、すでにあられもない格好になってしまっているナナ。
余りの荒れ狂う魔力にブルーデビルの面々は身動きすらままならない。
そして称号の能力、超絶技巧者のテクニックがナナの自由を悉く無力化していく。
すでに彼女は抵抗できずに、ただその瞬間を待っている、哀れな子羊……
「はあ、はあ、はあ♡……なあに、痛いのははじめだけじゃ……くふっ、なんという乙女の香り♡……た、たまらんっ!!!!」
「あ、……ああ、………い、いやあああああああああ――――――――!!!!」
刹那。
ナナから凄まじい閃光を伴う魔力がまるで爆発するようにはじける。
たまらず体中を引き裂かれ激しく壁に叩きつけられるマキュベリア。
そしてずり落ち、マキュベリアは意識を失った。
静寂が戻った部屋では、ナナのすすり泣く声だけが響いていた……
かろうじて純潔は守られた。
※※※※※
「本当に、すみませんでした!!」
潔いほどの土下座。
ナナは心の底からの反省を、腕を組みそっぽを向いているマキュベリアへと示していた。
「……ふ、ふん。もう良いわ。……二度とわらわを喰おうなどと思うなよ?……まあ、魔力で挑発したわらわも大人げなかった……うぬの唇を奪い、そ、その体を堪能までしてしもうたからの。……許せ」
余りのナナの強さに対しマキュベリアは挑発も兼ね、実は秘術で自身の強さを盛っていた。
実際のところマキュベリアのレベルは220。
ナナの方が強い。
だが永き経験で培った秘術、それによりナナには格上に見えていたのだ。
「ふうむ。わが主の全力…良いものが見れたものです」
「アザースト黙れ。……わらわもまだ甘いという事。今宵のこと忘れることだ。……まだわらわに仕えたいのであればな」
「……承知いたしました」
そんな絶対者のやり取りに、震えながらもなんとかルノークが声をかける。
「そ、その。……それはそうと……今回の要件をお伺いしても?……戦闘では全くかないません。ですが今我々は生きている。……どのようなご用件でしょう」
流石リーダー。
思わずラミンダは目を潤ませる。
「コホン。う、うむ。すまぬな客人よ。それからナナ、もう良い。話を聞いてほしいのじゃ。掛けてくれぬか?」
「は、はい」
ようやくたどり着くスタートライン。
お互い自己紹介を済ませ、いよいよ話し合いが始まる。
そして打ち明けられる驚愕の事実。