大きなテーブルで向かい合う4人とマキュベリア。
因みに妖精龍のノロットはゴデッサのごつい肩を居場所と決めたらしく、おとなしくそこに座っている。
本当はナナの膝の上が定位置なのだが……
いまだ魔力の落ち着かないナナ。
ノロットは少し怯えていた。
そんな中、執事長を兼ねるアザーストが奇麗な所作でかぐわしい紅茶を淹れてくれる。
そして眷族なのだろう。
驚くほど色白で美しい妙齢の女性がワゴンを押してきて、センスの良い焼き菓子を並べていく。
「どうぞ。ああ、毒などは入っておりません。わが偉大な主の客人、どうぞごゆるりとお過ごしくださいませ」
「あ、ああ。ど、どうも」
「うわー♡美味しそ―♡」
やや顔を染めルノークが返事をし、ラミンダは焼き菓子に目を輝かせる。
「ふむ。我が眷属が一人スフィナじゃ。これでもレベルは140。アザーストの次に強いわらわの親衛隊長じゃよ。よしなに頼む」
「ご紹介にあずかりましたスフィナと申します……ルノーク様?……ふふ、素敵な殿方に会えて嬉しいですわ」
にっこりとほほ笑むスフィナ。
ルノークは顔を赤らめる。
「……それでマキュベリア?いったい皇帝をけしかけてまで、何の用なの?……美緒に、ゲームマスターに会いたいって聞いてはいるけど……」
「うむ。その通りじゃ。わらわはな、仕えるべき
「主?絶対者であるあなたが?」
「目的がないのじゃ。……わらわは強い。そして眷族もたやすく作れる。以前は暇つぶしでこの世界を遊び場にしてみたが……正直つまらぬ。それにな……」
何故か苦虫を噛み潰したような顔をするマキュベリア。
手にしていたティーカップをあおるように紅茶を飲み干した。
「ふう。……のうナナよ、お主創造神は知っておるか?」
「……知ってる。でも私が知っているのは今世の創造神、リンネ様だけど…」
「ほう?代替わりしておったか。まあ、あのダメージじゃ。無理もなかろう」
そして遠くを見るような瞳でマキュベリアは語りだした。
彼女が眠りについた3000年前のこの世界に起きたことを。
※※※※※
3000年前。
この星は違う世界の神、悪魔の侵攻を受けていた。
元々星の限界のように同種族の戦争が巻き起こり、この世界は混乱していた。
干渉がないがゆえに天敵の居ない、種族としてのストレスがないにもかかわらず彼らは自ら格差を生み出し、愚かな暗い感情を同族に向けていた。
絶対者であるマキュベリアはそんな事には興味もない。
何より彼女に匹敵するものが居ないこの世界、暇つぶしに既に幾体かの悪魔とその眷属を引き裂いていたくらいだ。
だがそんな彼女に訪問者が現れる。
酷いダメージを受け、存在が揺らいでいる創造神ルーダラルダ。
彼女は尋ねるなりいきなりマキュベリアを押し倒し恐ろしい魔力を纏い射抜くように瞳を見つめた。
「な、何じゃ?貴様っ!?……えらく余裕がないようじゃな、創造神よ」
「時間がない。用件だけ言う。あんた今すぐ眠りにつきな」
「意味が分からぬ」
「このままじゃあんた、一瞬で消される。そして囚われる。虚無神に」
言いながらすでに印を構築する創造神。
そして答えずに視線を泳がせる。
「っ!?アザースト、あんた封術、使えるかい?眷属化されたようだが…」
「……はっ。可能です」
「ふむ。じゃあ今すぐ構築しな。反論は認めない」
「……はっ。仰せのままに」
そしてアザーストから立ち上る神聖な光。
英雄王アザースト。
彼は創造神の眷属だった。
「……貴様、説明すらしないつもりか?さすがに抵抗してしまうぞ?」
「…いいかい、今も言ったが時間がない。あんた含めこの世界は私が作った。このままじゃ全部消される。だから私は今から最後の賭けに出る。それには私の作ったこの世界、そのものが邪魔だ」
「……それほどか?その虚無神というのは」
「悔しいがね。次元が違うのさ。あいつらは時間の概念すら無視する。でも私にも意地がある。……3000年後私の孫、ゲームマスターが降臨する。……あんたの求めていた真の主だ」
「……ゲームマスター?」
「ああ。今お前に刻もう。絶対服従の呪い、いや、祝福を」
「なっ?!うぐうっ、うぎ、ぎやああああああああああああ―――――――」
マキュベリアの魔核。
そこに凄まじい痛みがまるで波のように強弱をつけ襲い掛かってくる。
経験したことのない痛みにマキュベリアはのたうち回ってしまう。
「悪いね。本当に時間がないんだ。あんたレベルの力の保持者は諸刃の剣だ。だから強制的に引き込ませてもらう。……私の可愛い孫、頼んだよ」
その後マキュベリアは永い眠りにつく。
そしてご丁寧にまるで睡眠学習がごとく美緒に対する親愛の情をこれでもかと魂に刻み付けられて。
※※※※※
「…という訳じゃ。今この世界が存在している。まあ奴の『賭け』とやらはどうにか成功した様じゃ。……わらわは確かに刻まれた。まあ、いうなれば呪いじゃな。じゃが同時に興味もある。あのとき創造神は間違いなく絶対者だった。その神が言う『ゲームマスター』……会ってみたいと思うは道理じゃろ?」
思わずため息をつくナナ。
本当に美緒はいったいどれだけの使命があるのやら……
つい同情心が湧いてしまう。
「……貴方なら直接会いにも行けるんじゃないの?わざわざこんな手間などかけなくても」
「まあの。じゃがそれでは面白くもない。それにな、わらわは別にヒューマンが嫌いではない。特にこの世界、男女問わずに美形が多い。…わらわの食事、事足りるであろうが」
そう言いにたりと上がる口角。
そこにはきらりと光る美しい牙が覗いていた。
「食事、ね。……そう言えばどうして私の血吸わなかったの?そうすれば従えることできたでしょうに」
「……格上には効かぬ。そもそもわらわがオーバーフローして存在が消えてしまうわ。まあ、吸うだけなら…この世のすべてを上回る快感を得られるじゃろうがな…それは美緒からいただくことに決めておるのじゃ♡」
そして突然顔を染め、みるみる呼吸が荒くなるマキュベリア。
「くふふ。わらわは既に『千里眼』で美緒を確認した。ハア、ハア♡…なんというそそる美少女じゃ。うぬもたいがいじゃが……わらわは真に『穢れのない魂』を持つ乙女が良いのじゃよ。……ナナは前世で経験あるのじゃろう?」
「っ!?……あなた……そこまで…」
「見くびるでないわ。わらわとて虚無神への抵抗勢力の筆頭。創造神は何やらわらわをいじっておる。じゃが美緒はわらわをも上回る。そうであろう?」
ナナ、渚七海は前世で恋人がいた。
当然経験済みだ。
まさにマキュベリアはそのことを認識している。
「……ねえ。その『虚無神』……強いの?」
「強い。……いうなれば究極の理不尽じゃな。そもそも勝負の土台にすら立てん。奴がその気なら、今この瞬間にも我らは消えてなくなる。……じゃからこそ、この世界の力を集結させ、奴の思惑通りに進める必要がある。そしてそれを為せるのはこの世界のルールに縛られない『ゲームマスター』である美緒だけじゃ」
以前美緒が言っていた。
この世界はあるゲームを模している。
そして美緒はそのシナリオをオールクリアすると。
そうしないとたどり着けない事があると。
今度美緒と詳しく話す必要がある。
ナナは心に決めた。
「分かったよ。……だからこそ、この世界の元々の住人、普通の人にも認識させるんだね?私たち、いわゆる美緒の言う『メインキャラクター』である私たちを」
「ふん。思いのほか賢いなナナ。まあそういう事じゃ。じゃから皇帝にも粉をかけた」
全部は納得できない。
でもマキュベリアが今更世界相手に何かするとは思えなかった。
「分かったよ。どうする?一緒に行く?……私転移できるよ」
「っ!?ふはは、そうであったか。……貴様まるでバグじゃのう。強すぎるわ」
※※※※※
驚愕の事実。
この世界の秘密、そしてナナが転生者であること。
知ってしまったブルーデビルの面々はすでに思考を放棄していた。
「……どうするんだ?これ……」
「……ねえ。もう理解追い付かないよ?」
「…流石ナナ。もうそれしか言えぬ」
パーティーの3人は思わずつぶやいていた。