12月31日大晦日。
この世界では
何はともあれ帝国歴25年の最終日。
今日私たちはジパングの闇を払う。
もうすぐ日の出。
装備品やポーションなどの準備を整え、皆がサロンに集結していた。
「お待たせにゃ♡」
そこに昨日説明の後、ティリミーナの幸運を注いだ聖なるシルクをミネア自らが想いを込めて仕上げた美しい装飾の衣を身に纏い、特殊な楽器を手にして皆の前へと進んできた。
「キレイ……ミネア、スッゴク可愛い♡」
「うにゃん♡じゃあ美緒、いくにゃ!」
「うん」
戦いに赴く勇士。
今から私渾身のバフとミネアの精霊舞踏士のスキル『勝利の舞』を奉納する。
私は魔力を
今の私のバフの効果はおよそ15時間。
作戦終了までそれは続く。
「皆に『指示』を出します。絶対に死ぬことは許しません。はあああっ!!『オーラフィールド』『オールリジェネ』極限能力向上…『麒麟の嘶き』」
爆発的に生成される魔力の衣。
その光が全員を包み込む。
「「「「「「おおっ!」」」」」」
「「「すげえ…」」」
「「ち、力が…」」
シャラン。
美しい高音が響き渡る。
弾かれたように舞い踊るミネア。
彼女の舞に伴い美しい赤い波動がサロンを包み込む。
シャン
シャン
シャラン
響き渡る心地よい高音。
すでに私のバフに包まれた皆の体から、黄金の波動が吹き上がり始める。
「……ああ、まさに神の軍勢だね。僕は今伝説を目の当たりにしている…凄いよ。負ける理由が見つけられない」
思わず感嘆の言葉を漏らすレギエルデ。
程なくして終わるミネアの美しい高揚の舞。
全ての準備が整った。
※※※※※
そして先発隊であるエルノールとザッカート、そして今舞を終えたミネアとミルライナの4人が転移していく。
「さあみんな行くよっ!!十兵衛、いい?」
「うむ。…美緒殿」
「ん?」
「あらためて感謝を。わが命燃やし尽くしてでも必ずミコト殿を救ってみせる」
闘志を燃やす十兵衛。
私はそんな彼の手を取った。
「十兵衛?」
「っ!?なっ?!」
「私たちは勝ちに行くの。覚悟はいい。でも絶対にあきらめたらダメ。あなたが死んだら琴音もトポもミコトだって悲しむ。私だって。……それにモミジさん、泣かせるつもり?」
「うあ?!……しょ、承知」
「うん♡」
顔を赤らめる十兵衛。
ごめんね?
パッシブ切る余裕、今の私には無い。
「よし、みんな、いくよっ!!」
「「「「「おうっ!!」」」」」
それぞれ転移と転送ゲートを使い戦場へと姿を消していった。
その瞳に輝く闘志をのせて。
※※※※※
「……はいにいに」
「ん?」
「…みんなかえってくる?」
「ははっ。大丈夫だよフィム。みんなすっごく強いんだから」
優しくフィムの柔らかい髪を撫でるハイネ。
「…っ!?……うん♡」
幼い二人の信頼に染まる瞳。
それに癒されながらザナークは声を上げた。
「さあみんな手伝ってくれ。今日はたくさんのご馳走を作るんだ。忙しくなるぞ」
「そうさね。ほらほら、呆けている時間なんてないよ。メリナ?あんたミートパイ上手なんだって?下ごしらえ一緒にやろうかね」
「はい♡」
美緒の愛するギルド。
残された者たちは既に『戦勝年越しパーティー』に向けその準備に取り掛かっていた。
「ははっ。本当にすごいギルドだ。……僕も覚悟を決めよう。…そして」
レギエルデは天を見上げ瞳に力を漲らせる。
「味見、頑張ろう!!」
※※※※※
ジパング本島北の果て―――
豪雪地帯のここはただでさえ生物の侵入を防ぐ天然の秘境。
その雪深い場所の一角、大地に超高温のマグマがむき出しになり周辺の雪を溶かし地形を変化させながらまさに地獄が顕現していた。
「ありゃあ熱ちいな。火傷じゃ済まねえ」
「まったくだ。……ミルライナ、水系の忍術、習得しているか?」
腰まで埋まる雪深い森の中。
視界でとらえられる限界、おそらくあと数メートル進めば感知されるぎりぎりの場所で、彼らは地の底から燃え滾る大地の上にいる魔獣の姿を見つめていた。
「もちろん使えるが…この寒さだ。凍っちまわねえか?」
「うにゃ。寒いにゃ。……凍った方が効果あるんじゃにゃいか?むしろ氷の術が良いと思うにゃ…あの犬っころ、凄く熱そうにゃ」
美緒のバフとミネアの戦意高揚。
今彼らは通常の200%近いポテンシャルを備えていた。
「なあ、エルノール。…俺がちょっとつついてくるわ。あいつのあの障壁、おそらく魔法は弾かれちまう。物理が物を言うんだろうな。……お前のジョブ『神従信者』のスキル、完全回復、何回行ける?」
「っ!?ふう。言われただろうが。無理をするなと。……4回だ。だが転移を考えれば3回。それが限界だ」
「ふん、そんだけありゃおつりがくるってもんだ。……すまねえ。1回だけ俺にくれ」
覚悟に染まるザッカートの瞳。
こうなったら絶対にひかない事をミルライナもミネアも知っていた。
「親方、死んだらだめにゃ。美緒が本当に泣いちゃうにゃ」
「勝算はあるんだろうな?ただ試すだけなら、俺はぜったいに認めないぞ」
二人の真剣な眼差し。
こんな状況なのにザッカートは酷く愉快な気持ちになっていた。
「バカ。俺だって死ぬつもりなんて1ミリもねえよ。見てみろあの犬っころ。あいつ俺たちに気づいている。そして誘ってやがるんだ。…あの灼熱のフィールド、あのバケモン熱で回復するタイプに違えねえ。なら引きはがすのが定石だ。簡単だろ?」
「……おまえ、熱耐性高くないだろ?……具体的に教えろ。話はそれからだ」
天を仰ぎ大きくため息をつくザッカート。
そして真剣な目をエルノールに向ける。
「お前美緒に告白したんだな」
「っ?!……ああ。私は絶対に美緒さまを自分の物にしてみせる」
「ふん。まったく…良い男になっちまいやがって。……俺もだ。絶対にあきらめねえ。だからこそだ。俺は今心の底から美緒が欲しい。そしてあいつは俺に死ぬなと言っている。…見せてやるさ。俺のジョブ『極道』その真髄を」
「……お前…」
「そんな顔すんな。死にに行くんじゃねえんだ。……確かに試したこたあねえ。だがこのままじゃ奴の準備が整っちまう。このメンツだ。負けはしねえだろうが手こずる。万が一他の場所に行かれてみろ。それだけはダメだ」
「まあ、な」
「俺は今最高に燃え上がっている。あの犬っころみてえにな。だからお前ら3人、準備して待っていてくれ。……俺があいつをここまで吹き飛ばす」
そう言い腰を落とし精神を集中させるザッカート。
他の3人も切り替え自身の魔力を練り上げ始める。
ザッカートの事を信じるさまが伝わる。
「まったく。たいした奴等だよ。お前たちは最高だ。…行ってくる」
瞬間姿を消すザッカート。
魔獣ウロトロスの驚愕の雄たけびが聞こえ、激しく動き始める。
その周りをあり得ない速度で動き回る小さな影。
ザッカートの意地の戦いが幕を開けた。
※※※※※
魔獣ウロトロス。
地獄の門番と言われる炎属性に特化した首の二つある狼タイプの最上位種だ。
レベルは224。
ザッカートの遥か格上。
全長4m。
纏う炎は鉄をも溶かす。
「へっ。ずいぶんご機嫌斜めじゃねえか。俺と遊ぼうぜ?この犬っころが!」
「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
ウロトロスの一つの口から凄まじいブレスが放たれる。
まさに煉獄。
射線上の地面が蒸発していた。
着弾地点にはまるで隕石でも落ちたかのような大規模なクレーターが激しい爆音とともに形成される。
「おっと。舐められたものだ。そんなの当たる分けねえだろうがっ!!」
腰に据えた刃の厚い、まるでナタの様なもの、ドワーフの名工が作りし『鬼殺し』をすらりと抜き放ち睨み付ける。
そして瞬間その体がぶれ、一つの頭に深々と突き刺さるその刃。
「グウッ、グギャアアアアアアアアアア―――――――」
たまらず距離をとるウロトロス。
激しく暴れまわり、包む炎がさらに吹き上がり周囲を溶かしていく。
「ちっ、やはりな。……コイツ回復し始めている。しょうがねえ。ぶっつけだが……使ってみるか」
そう独り言ち、自身を包んでいる保護膜を解除するザッカート。
全ての力を集中、心には愛する美緒を思い浮かべる。
(美緒……ああ、魂が叫びやがる……俺はお前が欲しい……絶対に……)
完全なる無防備。
そこに怒りに震えたウロトロス渾身のブレスがザッカートを消し去らんと完ぺきにとらえていた。
(……不思議だ……痛くも熱くもねえ……ただ見える……美緒の笑顔……ああ、俺はやっぱり……)
防ぐように構えた、前にかざした右腕が指先から消し炭になっていく。
美緒のバフとミネアの舞。
それがどうにか機能し、即死を防いでくれていた。
それでもかまわずザッカートは今貯めた心の想い、それを奮い立たせた。
『乾坤一擲』
光が弾けた。
気付けば渾身の左の拳がウロトロスを捕らえ、ザッカートごとエルノール達の待つすぐそばまで吹き飛ばしていた。
お互い瀕死のダメージのおまけ付きで。
※※※※※
凄まじい衝撃とともにエルノール達の後方、数十メートル先に周囲の雪を溶かし大量の蒸気に包まれた魔獣がたたらを踏みこちらを睨みつけていた。
「ぐうっ、さすがに熱いな。…すまねえエルノール。回復をくれ」
すでに飛び掛かり、ミルライナの忍術『氷結の陣』がまさにウロトロスに襲い掛かっているタイミングで、全身を焦がし右腕を肘のところから消失させていたザッカートが凄まじい笑みを浮かべた。
「まったく……『完全回復』!!」
輝くような強烈な緑の波動。
見る間に回復していくさまに、安堵の息を吐く。
「バカが。他にもやりようはあっただろうに」
「ふん。結果オーライだ。……しとめるぞ」
「……ああ」
※※※※※
「グギャ、グルアアアアアアアアアアアアアアア!!!!――――」
「どうだ?この氷の味は?……おまけだ、食らいやがれっ!!!はあああっ!!」
半身を氷に囚われ、怒り狂うウロトロス。
そこにミルライナ渾身の剣戟が深い傷を形成する。
魔獣の魔核が大量の血を噴き出しながら一瞬露になった。
「うにゃ。うちの出番にゃ!!!ふうっ!!!」
ミネアの一撃!!
それに特化した渾身の突き。
魔核に回復不可能な大ダメージをもたらす。
「どうにゃ?ふにゃ?!!」
「あぶねえ!!避けろミネア!!」
死の淵の魔獣。
その状況、彼らは最も危険になる。
命を捨てた渾身の攻撃!
未だ見せたことのないような凄まじい速さで氷の束縛を抜け、その大きな爪をミネアめがけ振り下ろした。
ぐしゃああああああああああああっっっ!!!!!
何かがつぶされるような身の毛もよだつ鈍い音。
大量の土砂と周囲の大木がその勢いで吹き飛ばされた。
「っ!?ミ、ミルライナ?……い、いやああああああああ―――――――??!!!!」
突き飛ばされ雪に埋もれるミネア。
その口から絶叫が迸る。
瀕死のウロトロスの振り下ろした腕の下……
見慣れた服に包まれたおそらく人だったもの。
ひしゃげ既に原形をとどめていなかった。
「う、嘘にゃ…やだ…いやあ……ああああああああっっっ!!!?」
いつでも優しくミネアを見つめていたミルライナの瞳。
そしてはにかむ笑顔が脳裏に浮かぶ。
「うあ…あああ、うち……うち…あああっ?!!!」
絶望がミネアを…
突然少し乱暴にミネアの頭に手が置かれた。
「ばか。勝手に殺すな。……身写しの術だ。ったく。……まあ、ぎりぎりだったからな。…おお、寒い」
上着を失い、黒い鎖帷子のみの、全身からおびただしい出血をしているミルライナがミネアを見下ろしていた。
美緒のバフですでに回復が機能し始め、うっすらと緑色の魔力に包まれる。
「…ミル…ライナ?」
「ああ。…大丈夫か?ミネア」
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア――――――――!!!」
響く断末魔の叫び声。
エルノールのロングソードとザッカートの『鬼殺し』が、ウロトロスの二つの首をそれぞれ切り飛ばしていた。