新たに美緒のギルドに加わったレストールとカナリナ、ダグマにロミューノ。
一応ヤマイサーク専属の護衛ということにはなっているが。
それ自体は『ここにいる理由』のようなものだった。
実際既に重要人物となったヤマイサークには、ファルカンはじめ数人のザッカート盗賊団の猛者がその役目についていた。
何より周りにいる者は非戦闘員を除き全員が遥か格上。
あまつさえ、アリアの方が強い状況だ。
あの決意の夜から数日が経過し。
今日も4人は全員が鍛錬すべく、修練場に向かっていた。
「なあ。鍛錬も良いけどさ。魔物とかと戦わないと経験値は得られないんじゃなかったっけ?」
「うん?ああ。そうだな。でも俺達、どうにも効率が悪いらしいぞ?」
「…効率?」
カナリナが首を傾げ、今発言したレストールに視線を投げた。
「どうにも俺たちは技術と言うか練度が低いらしいんだ。レベルではない、いわゆる熟練度?理解はできなかったけど…言っている事は何となくわかった。…俺達ってさ、感情でかなり力変わると思わねえ?」
彼等は若い。
レストールとダグマが17歳で、カナリナはまだ16歳。
一番年長のロミューノが18歳だ。
だからレストールの言っていること、理解が出来てしまう。
危機の時など、感情が高ぶったとき彼らはとんでもない力を出すことが良くあった。
「…だから鍛錬、なんだね?」
「ああ。俺達って今レベル50~60くらいじゃん?ついこの前来たっていうナナたちのパーティーメンバー、えっとルノークとゴデッサ、それからラミンダ。…実際俺達とそんなにレベル変わらないんだけどさ。…全く勝てる気しないだろ?」
ナナのパーティー『ブルーデビル』
同じ冒険者でランク自体は大きく違うものの、個々人のレベルに大差はない。
もちろんナナは別格だけど、ルノークたちはそこまでの化け物ではない。
「…無理。絶対に勝てない」
当然ここ数日の修練場で彼らの鍛錬だって見ている。
その時の動きや魔力の流れ。
洗練されたそれは彼らのはるか高みにあった。
「だからさ。もちろん魔物とも戦ってレベルだってあげるさ。でもまずは鍛錬して、安定した力を身に着けなくちゃだめだ。そうじゃなくちゃ……みんなに迷惑をかけちまう」
思わず立ち止まり、唇をかみしめる4人。
つい先日だって、助けられなければ間違いなく死んでいた。
「たしかにな。大体俺たちは冒険者だったからな。金もなかったしいつでもクエストばっかりだったしな。…冒険者ギルドの初期研修、お前ら受けた?」
「…受けてない」
「俺も」
「ははっ、そう言う事だ…それにここにはいいお手本がたくさんいるんだ…ほら」
気を取り直し歩き始めた4人。
到着した修練場。
そこにはすでに10名近いギルドの猛者たちが鍛錬に励んでいた。
「ふう。…ん?よう。お前たちも鍛錬か」
自分より数倍はありそうな岩石を下ろし、額から滝のような汗を流しているラムダスが声をかけてきた。
彼もまた、遥か格上だ。
「おはよう、ラムダス。うん。俺たちまだ全然弱っちいからさ。…せめてカナリナだけでも守れるくらいには力増したいんだ」
「ひうっ?!レ、レスト?…そ、それって…」
突然のレストールの『自分を守ってやりたい』発言。
カナリナは真っ赤に顔を染めてしまう。
「あん?だってお前女じゃん。女を守るのは男の仕事だろ?どうしたって女は男より弱いんだからさ」
きっと無意識の発言なのだろう。
そのレストールの言葉、それを聞いた皆を激しい悪寒が包み込む。
「ほう?面白い事を宣(のたま)うのう、小僧。…男の方が女より強い?ふふふ。まったくおろかじゃな」
「ひぐっ?!い、いえ、そ、そんなつもりじゃ…」
「ふむ。それでは強い男と言うもの…見せてみるがよいぞ?…かかってこい」
超絶者マキュベリア。
とんでもない魔力を纏い、修練場に現れた。
レストールの全身から冷や汗が噴き出す。
思わず言い訳の様のものを口にするが既に時遅し。
気付けば修練場の中央で何故か対峙していた。
刹那。
レストールはとんでもない後悔に包まれた。
そして全身を襲う凄まじい痛み。
すでに彼は涙目だった。
(勝てるわけない!!…ていうかそもそもの存在自体が違う?!…)
『指導』と言う名の蹂躙劇。
レストールは結構本気で生まれてきたことを後悔していた。
※※※※※
実はマキュベリア、先のザナンクの件で自身を見つめ直していたところだった。
彼女は強い。
それは間違いない。
しかし格下であるマールデルダをはじめ、このギルドには自分に届くものが間違いなく存在していた。
(ふむ。たまにはあやつらの鍛錬、見学でもしてみるか)
何の気なく訪れた修練場。
まだまだ弱く、しかしとんでもない素質を持ったレストールの何気ない一言。
聞き流すには、今の彼女の気持ちが許せなかった。
つい先日経験したこと。
それが起因していたからだ。
正直幾つもある平行世界、他のルートについて彼女たちは認識が出来ない。
しかし悪魔のとんでもない権能に触れ、マキュベリアはザナンクに凌辱されつくしたルート、それを完全に自身の脳裏に焼き付けていた。
当然より強くなるために、だ。
まさに今レストールが言った言葉。
実はそのルートの時ザナンクが同じことを言っていたのだ。
『てめえは確かに強ええ。だが女だ。…女は男にはかなわねえんだよ。お前は俺のおもちゃだ。ひゃはははははははは!!!!』
悍ましい。
そしてはらわたが煮えくり返るような激しい怒り。
しかし残念ながらあのルートのマキュベリアはザナンクに手も足も出なかった。
(強くなりたい)
絶対者の、生まれて初めての本気の渇望。
それは彼女の能力を覚醒させる。
美緒を穢され、あり得ない怒りにより到達した新たな称号『アンガーアパルソー』憤怒の使徒。
そして深く認識し焼き付けたことで、あり得ない『力への渇望』と相まって今彼女は壁を越えさらなる高みに到達していた。
そのレベル、なんと397。
既にナナを超え、まさに最強に近づきつつあった。
※※※※※
「…ふん。強さを求めるその姿勢。それは認めてやろう。じゃがな、お前一度美緒に言って同期してもらえ。…このとんでもないギルド、上位5名はすべからく女性じゃ」
「……う…うう」
「ふん。口もきけぬか。まあわらわも大人げなかった。じゃが今日のこの経験、貴様の糧になろうよ?精進するのだな」
そう言い姿を消すマキュベリア。
ようやく修練場を包む、息もできないような魔力が霧散し、皆が大きく息を吐きだした。
「うあ、レ、レスト…大丈夫?」
目の前でまるで物のように吹き飛ばされ、致命傷にならないぎりぎりで痛めつけられたレストール。
すでに虫の息で話すこともままならない状況に、何故かカナリナは涙が浮かんできてしまっていた。
分かっていた事だ。
自分たちはこの中で一番弱い。
だけど。
改めて突き付けられた現実、心が折れそうだった。
そんなカナリナをいきなり温かいものが包み込んだ。
「っ!?えっ?…マルレット…さん?」
「マルレット、だよ?もう仲間でしょ?…大丈夫だよ。みんなは絶対に強くなる。ここに来たのが皆よりちょっと遅かっただけ」
「…そう、かな」
そして今度は強く抱きしめてくれるマルレット。
その優しいしぐさと温かさに、今度は違う涙が止まらなくなっていく。
「泣いていいんだよ?だって私たち女の子でしょ?女の子はね、泣いて強くなるの。だからあなたは昨日のあなたより絶対に強いんだから」
カナリナとダグマ、そしてロミューノは孤児だ。
だから正直他人の優しさ、いまいちよくわかっていなかった。
でも。
マルレットの真直ぐな自分を想ってくれる気持ち。
カナリナは自分の心の壁が、音を立てて崩れ行くのを認識していたんだ。
「…うん。…ありがとう、マルレット。…ねえ?」
「うん?」
「…私に魔法、教えてくれる?」
「ふふっ。うん。任せて!…確かに同じレベルであれば、男性の方が強いかもしれない。でもね、女の子は絶対に好きな人、守り切る力を得られるの。だから頑張ろ!」
超絶者の集う美緒のギルド。
でも全員が初めから超絶者だったわけではない。
だからこそ、皆が上を目指す。
何よりも一番信望し守りたい美緒。
彼女はあり得ない高みで一人、覚悟を持って戦っているのだから。
いずれ伝説になるギルド。
今日もまた鍛錬に励む皆の闘志に包まれていた。