盗賊が捕まったと知ると町は大騒ぎだった。
武器屋の店主が嬉しそうにオーリーの頭をわしわしと撫でた。
「兄ちゃんありがとうよ! いやあ、冒険者にも良い奴はいるもんだなあ!」
「いてえよ! これから寝るんだから離せって!」
そう言いながらオーリーは歓迎されて満更でもない様子だった。
アリシアはそんなオーリーを遠巻きに見ていた。
するとコリンがしょんぼりとしながらアリシアの隣にやって来た。
「随分怒られたみたいですね」
「うん……。でもいいんだ。これでまたお母さんの薬も入ってくるし、みんなも助かったから」
オーリーを見るコリンの目は輝いていた。
「決めた。オレ冒険者になる。だってみんなあんなに嬉しそうなんだもん」
「……やめといた方がいいですよ」
「え? なんで?」
「私の業務が増えますから」
面倒くさがるアリシアにコリンは苦笑した。
「受付嬢って大変なんでしょ? じゃあなんでお姉ちゃんは辞めないの?」
アリシアは胴上げされて嬉しそうにするオーリーを見つめて言った。
「……そうですね。辞めようと思ったことは何億回もありますが、それでもクエストを成功させた冒険者の顔を見ると、もう少し続けようと思えるんです」
コリンが感心しているとアリシアは嘆息した。
「まあ、それ以外は死ぬほど面倒ですけど」
「あはは……」
アリシアは踵を返した。
「では私はこれで」
「え? もう帰っちゃうの? みんなお兄ちゃんの歓迎会するって言ってるし、一緒にいたら?」
「結構です。うるさいのは好きじゃないですし、なにより明日も仕事がありますから。面倒ですがあなたのクエスト受注はキャンセルしてオーリーに付け替えないといけないですしね」
「そっか……。また来てね。そしたらオレが町を案内するから」
アリシアは立ち止まって振り返った。
「悪いですが遠慮させてもらいます。面倒くさいので」
アリシアはそう告げると馬車乗り場に向かった。
コリンは面白がりながら手を振る。
「じゃあオレが行くよ! お母さんがよくなったらみんなで!」
アリシアの姿が見えなくなるまでコリンは手を振り続けた。
アリシアはなんとか今晩中に王都に帰れる馬車を見つけて安堵した。
(よかった……。今日中に帰れなかったら明日の朝は遅刻確定でした……。セシルさんのお説教は長いですし、なんとか回避しなければ)
アリシアが馬車のキャビンに乗り込むと後ろから声が聞こえた。
「おーい。待ってくれー。俺も乗る」
オーリーは半ば強引にキャビンへと乗り込んできた。
端へと追いやられたアリシアは眉をひそめた。
「……歓迎会があるのでは?」
「みたいだけど断った。もうへとへとだからな。早く帰って寝たい。宿代ももったいないし」
「別の馬車で帰ればいいじゃないですか」
「馬車代くらい奢ってくれよ。助けてやったんだし」
「そんな条件を飲んだ覚えはありません」
するとオーリーはフッと笑った。
「お前、あの時煙玉使ったのは俺を呼ぶためだったんだろ? 廃墟からあそこまでの移動時間も計算してたってわけだ」
「……なんのことでしょう」
アリシアがとぼけるとオーリーはニッと笑った。
「わざわざ来てやったんだから馬車代くらい出してくれもいいだろ。でないとガキに盗賊退治の仕事振ったってギルドで言いふらすぞ?」
「……仕方ないですね」
オーリーは嬉しそうにしながら腰に差していた剣を奥に置いた。
「お。ラッキー。じゃあ、俺は寝るから着いたら起こしてくれ」
オーリーが横になるとアリシアの膝に頭を乗せた。
アリシアはじとりと湿った目で見下ろした。
「……なにをしてるんですか?」
「弱みにつけ込んでる。じゃ、おやすみ」
そう言うとオーリーは本当に眠ってしまった。
アリシアは困りながらもどこか照れた様子でため息をつき、子供みたいなオーリーの寝顔を見つめた。
「……今日だけですよ」
キャビンが動き出すとアリシアは窓の外の景色を眺めた。
太陽はゆっくりと降りてきて周囲を赤く染めていく中、馬車はコトコトと音を立てながら王都に向かって進み続けた。