夢を見た。他者の命を喰らい。化け物になる夢を。
「うっ……く……はぁ……はぁ」
その悪夢から逃げ出す様に、俺は目を覚ました。
「アーク、大丈夫?」
赤毛で軽装な女の子。ミルラスが心配そうにそう聞いて来る。
「あ、ああ……大丈夫だ」
ここはミドルズ公国西部にある、とある森の中だ。この森は瘴気が蔓延しているせいで、魔物が闊歩する危険な場所となっていた。
そんな危険な場所で野営しているのは、俺達が傭兵だからだ。そして傭兵である俺達は、現在はこの地の領主に雇われ、この森の魔物を間引く仕事の真っ最中という訳である。
「またあの夢?」
「まあ、な……」
先程見ていた悪夢は、幼い頃から繰り返し見ている物だった。
「最近多いね……」
「疲れているのかもしれませんわね。今回の仕事が終わったら、少し休みを入れられた方が良いのでは?」
ローブを着た金髪の少女――ローラが俺の顔を心配そうに覗き込んでくる。
「そうだな。休みを取るのも悪くないか」
とは言え、休みを取っても闇蠍の襲撃は続くだろうから、そこまで心休まるかと言えばアレだが。
俺は闇蠍という組織に命を狙われていた。その目的は分からないが、向こうから襲い掛かって来てくれるのなら都合がいい。何故なら、奴らは両親の仇だからだ。
闇蠍を潰し、両親の無念を晴らす。それが今の俺にとって、生きる一番の目的となっている。
「でしたら、南に海水浴なんてどうかしら?私の水着姿を堪能させて差し上げますわ」
「ふん。その太い二の腕を晒す何て醜態、アタシには真似できないわね」
「何ですって!?わたくしからすれば、その貧相な胸の方がよっぽど哀れですわよ」
「なんだと!?」
「なんですの!?」
休暇の話から、何故かミルラスとローラのいがみ合いが始まってしまう。どうした物かと困り果てていると――
「おいおい、下らねーことで騒ぐなよ。不寝番までゆっくり眠れねーじゃねぇか、ったくよぉ……」
無精ひげを生やしたタルクが、不機嫌そうに起き上って来る。二人のやり取りで目を覚ましてしまった様だ。
この森は魔物が徘徊している場所だ。そのため、夜は不寝番を順番に立てて休む必要があった。今現在はミルラスとローラが務めており、その次が俺とタルクの番である。
「下らないですって?貴方はどうせ見張りをウルに任せて眠てるんでしょうに」
ウルは数か月前に加わった、俺達傭兵団――まあ団と言う程大きくはないので、パーティーかな――の一員である狼の事だ。
「眠れないんだったら生臭僧侶は祈りでも捧げてなさいよ!」
「やれやれ」
二人に怒りの矛先を向けられ、タルクが首を竦める。
「そういや前から思ってたんだけど……あいつ、いつ寝てんだ」
タルクが話題を変える様に、上へと視線を向ける。そこには木の枝に立つ、黒衣の男性の姿があった。
彼の名はニンジャマン。どうやら闇蠍を追っているらしく、その手がかりを得る為、命を狙われ続ける俺に数か月前からついて回っている人物だ。まあパーティーの一員と言えるかは微妙だが、悪い人間ではないと俺は判断している。だから動向を許可していた。
「拙者は起きながら眠れるでござる。にんにん」
タルクの声が聞こえていたのだろう。ニンジャマンが木の上から独特の言葉遣いで答えてくれる。
「起きながら寝るとか、完全に矛盾してるんだが?」
「ニンジャに不可能はないで御座る。にんにん」
ニンジャというのは、特殊な訓練を受けた戦士を表す言葉だそうだ。俺は彼に会うまで聞いた事も無かったが。
「あおーん!」
その時、眠っていたウルが起き上って吠えた。
「ちっ、魔物か」
その瞬間、俺達は跳ね起きて武器に手をやる。寝ていても真っ先に気付く反応の鋭さを考えると、確かにウルが居れば不寝番はいらないのかもしれない。
だが狼とはいえ、ウルも俺達の仲間だ。彼にだけ負担を任せる様な真似は出来ない。
「来たぞ!」
カエルの様な魔物が姿を現し、俺達はそれを迎え撃つ。