その日の夕方、俺たちは失踪した二人の情報をつかむために作戦会議を行うと同時にルカの世話役も決めることにした。
そこまではいいが、
「どうして俺の部屋なんだ?」
「いや、俺の部屋いま汚いし」
二次元女子と会話している暇があったら掃除しろよ。
「私、女の子だし」
その理由はずるい。何も言えないじゃんか。
「まずは誰がルカの世話をするかだな」
「飾音ちゃんしかいないだろうな」
「えっ、私?」
「だな。ずっと妹欲しいって言ってたし」
「芽乃ちゃんがいるじゃん」
「この前もう一人欲しいって言ってたろ?」
「なんかずるくない?」
「じゃあ俺たちがお風呂とか着替えとかさせるのか?」
「星司くんはいいけど、ハルがやったら
なんで俺だけ?
「べつにいいけど、私もバイトやお手伝いがあるからそのときは代わりに見てよね」
飾音はたまにボランティアで島の人たちの手伝いをしていて、海外の観光客に対して英語で道を案内したり、足腰の弱いおばあちゃんの荷物を持ってあげたりしている。
バイトもネットでできる簡単なものをしている。
本当は街にあるおしゃれなカフェでバイトをしたかったらしいが、フェリーの往復代も馬鹿にならないからそれは大学に行ってからするつもりのようだ。
結島家は裕福だから飾音がバイトをする必要は正直ない。
父親は世界的に有名な建築家で、この島で結島
しかし、母親と離婚してから父親と仲違いしていてここ数年間一切口を利いていないし実家にも帰っていない。
だからここの家賃も自分で払っているし、自分でできることはしたいそうだ。
俺は父さんと喧嘩したことがないのでその感覚がわからなかったが、厳格な父親と頑固な飾音だと衝突は避けられない気がする。
片親じゃないのは星司の家だけ。
実家はここからけっこう離れた場所にあるため、学校との距離を考えここでルームシェアをしている。
北海道出身の父親とアメリカ人の母親で自家栽培した野菜を使ったカフェを経営していて、たまにラグーナに余った野菜を持ってきてくれる。
眼鏡をかけた頭の良さそうな父親と、爽やかな笑顔の母親からどうしてあんなヲタクが育ったのか不思議でならないが、誰よりも奥湊が好きなのが伝わってくる素敵な夫婦だ。
ルカと同い年くらいの弟と妹も星司に似て整った顔をしている。
将来は二人ともモテることが確定しているだろう。
そんな星司はゲームのテスターのバイトなどいくつかかけもちしているが、夏休み限定の短期バイトをするつもりのようだ。
この島ではバイトと呼べるものは大してないけれど、俺も何かバイトをしないといけないなと二人に触発された。
ルカの世話役は飾音で決まった。
あとは失踪した二人だ。
見ず知らずの人を見つけるのは容易なことではない。
島の中にいるならそこまで時間はかからないが、もし島を出ているのならもっと情報がほしい。
詳細を得るためキルケアを部屋に呼ぶと、窓枠に腰掛けながらゆっくりと口を開く。
「他惑星特殊調査部隊(Another Planet Special Investigation Forces /通称APSIF)は第二のウィリディスを求めて各銀河に派遣される。我々、天の川銀河太陽系惑星地球部門第81番隊はその中の一つだ。船長のシュラヴァス、弟で整備士のファルシス、私とルカの四人でここにやってきた」
目標の座標に向かっている途中、原因不明の故障が起きて奥湊に不時着した。
キルケアが目覚めたときにはすでに姿はなかった。
調査をするにあたってバラバラで行動することは禁じられているため、誰かに連れ去られた可能性も捨てきれないだろうと彼は言う。
「でもあの場所って東京タワーだって近くにあるし、目立つんじゃない?」
「あの船は調査用に作られているため、姿を見えなくすることくらい造作ない」
目標の座標に着地した後、宇宙船を見えなくするようにしてから調査をはじめることになっているが、原因不明の故障によりそれができなくなってしまったそうだ。
失踪した二人の情報をキルケアから共有してもらう。
船長のシュラヴァスは背が高く、短髪で髭の生えたダンディな人。
少し強面だが温厚で優しい30代。
瞳の色は青と緑。
弟のファルシスはセミロングの髪が特徴的で高い洟に二重をした20代。身長は190㎝ほどあるらしい。
瞳の色は赤と黄。
その情報を聞いた飾音がニタニタしていた。
「勝手に妄想して興奮すんなよ」
「うっさいわね。二重、20代、高身長なんてかっこいいに決まってるじゃない」
めちゃくちゃ良いようにイメージしているが、実物が全然違ったらどうする気だ。
星司が話を戻す。
「彼らと連絡を取る手段はないのか?」
「先の不時着のときにすべての通信機能が故障してしまってな、ヒントすらない」
すべての通信機能が停止してしまったため、他の部隊に連絡を入れることもできないそうだ。
キルケアもこの船の構造は把握していないため、失踪した二人でないと直すことはできない。
「写真とかもないのか?」
正直いまの情報だけじゃ見つけ出すには無理がある。
せめて写真があれば警察みたいに聞き込みができるのに。
「個人が特定できるものは情報
ウィリディスからここにくるまでには相当な年数がかかるが、他惑星に情報が漏れないよう徹底されている。それだけこの星の人たちは警戒心が強い。
しかし、シュラヴァスもファルシスもルカのことを本当の娘のように可愛がっていたため、成長過程の記録は写真ではなくすべてデータに入れている。
そのデータは今回の通信機器の故障により確認することができない状態だ。
こういうときって警察に捜索願を出すのが普通なのかもしれないが、俺たちにその選択はなかった。
キルケアのことはまだなんとかなるとして、ルカのことを説明しても信じてもらえる確率は極めて低いからだ。
ましてや会ったこともない人の捜索願なんて聞き入れてもらえるのだろうか。
失踪した二人と面識があるのはキルケアとルカだけだからいまは彼らに頼るしかない。
こうなると地道に足を使って情報を得るしかないだろう。
「二人のことは私からルカに説明しておく。今日はもう遅いし、明日の朝捜しにいこう」
ーその日の夜、みんなで食卓を囲む。
見た目は俺たち地球人とほぼ同じだが、ルカは一体何を食べるのだろう。
箸は持てるのか?
苦手な食べ物や好きな食べ物は何か?
そもそも地球の食べ物は口に合うのか?
綾子の作る料理はあっさり系の優しい味で、亡くなった母親の味と似ている。
料理がテーブルに並ぶと、世話役に任命された飾音がルカに「いただきます」を教えていたが、ルカは首を傾げたままで言葉を発することはなかった。
今日はコロッケと煮物と卵焼き。
ルカは食べ方がわからないのかそれとも苦手なものがあるのか、キョロキョロしながら瞳の色が徐々に青くなっていく。
近くにいたキルケアはキャットフードをおとなしく食べている。
俺はキルケアに助けを求めようと思ったが、彼が口を滑らせてしまう危険があるので良い方法がないか考えていると、状況を察したのか、ルカの膝の上に立ったキルケアが置いてある箸に向かって「にゃあ」と言って俺たちの方を見ている。
箸の持ち方を教えてあげてほしいという意味だと読み取った。
飾音が箸の持ち方を教えてあげたが、なかなかうまくいかず、その小さな口に食べさせてあげると、オッドアイだった彼女の瞳が黄一色に変わった。
「ごちそうさまでした」を教えていた飾音。言葉はなかったが、両手を合わせることは理解したようだ。
そんな様子を見て微笑ましくなった。
**
翌朝みんなで島の中を捜し歩いた。
この日も星司はジョギングしていたようでかなり軽装だ。
ルカは飾音の腕の中で大人しくしている。
昨日から一緒にお風呂に入ったりお菓子を食べたりして距離が近くなった二人はすでに姉妹のようだった。
ルカの瞳はいつも赤と青だがこのときはずっと緑と黄になっていた。
道を歩いていると、飾音があるものを見つけ驚いていた。
「ねぇチューリップが咲いてる」
足元には黄色、ピンク、白の花がいくつか咲いている。
「チューリップってこの時期には本来咲かないはずなの」
「そうなのか?」
「珍しいこともあるものね」
そんなこともあるんだろうとこのときは大して気に留めていなかった。
少ない情報のなかフェリー乗り場や近所の住民に聞き込み、学校の周りや海岸沿いなど転がっていったボールを探すように腰を落とし、目を凝らしながら捜す。
もしかしたら倒れているかもしれないと思ったから念には念を入れたがそれらしきものはなかった。
途中の裏山では
今日は記録的な暑さで40度近く少し歩くだけで汗が落ちてくる。
腕の中のルカも同じで、持っていたタオルで
直射日光で焼けそうになるなか、その暑さを消すほどの涼しく心地よい風が吹きつけ疲れた身体を癒してくれる。
さすがに歩き疲れたので、ルカを公園のベンチに座らせ一休みする。
ストローでオレンジジュースを一口飲むと、思っていたよりすっぱかったのか一瞬顔を
それがかわいくてみんなの頬が緩む。
ジュースを持つ手が小さくてとてもかわいくて、俺たちはルカの
その姿を見た飾音は自分の娘を見守る母親のように優しい表情をしていた。
他に何か特徴がないかキルケアに確認ながらし一日中歩き回ったが誰一人として目撃者はおらず、手がかりすらつかめない。
念の為、宇宙船に戻ってみるも不時着したときから変わった様子はなかった。
その間、見慣れない人たちと何回かすれ違った。
その都度ルカのことを何度も見たり、スマホを向けていた。
この島でスーツを着ている人なんてそういない。
事業開拓で下見にやってきた社長とか、愛人を連れて旅行に来た政治家風のおじさんたちを数回見たくらいだ。
あの人たちは一体何者なのだろう。
失踪した二人と何か関係があるのだろうか?