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1-4

俺たち奥湊生が住むシェアハウスのラグーナ・ブリリアには大きく分けて5つのルールがある。


① 自分で使ったものは自分で片づける。

② 予定のないときはみんなでごはんを食べる。

③ トイレは座ってする。立ちションは汚いから禁止。

④ 高校を卒業したらこの家を出ていく。

⑤ 女子風呂を覗こうとしたら住人全員の前で公開処刑。


もともとのルールは4番までだったが、5番だけ綾子がオーナーになって追加された。

きっと過去に何かあったのだろう。

人と触れ、自分と向き合い、自立することをテーマにしていて、これは娘の芽乃も例外じゃない。


「ハルくん、かじゃねん」


奥の方から声が聞こえてきた。

芽乃ちゃんだ。

俺たちがラグーナに住む前から知り合いで、俺も飾音も一人っ子だから本当の妹のように可愛がっている。

芽乃ちゃんは俺のことを『ハルくん』と呼び、飾音のことを『かじゃねん』と呼んでいるが、星司のことだけはなぜか『星司』と呼び捨てにしている。

なぜ呼び捨てにしているのかその理由を訊いたら、かっこいいからというわけのわからない理由を述べていた。

芽乃ちゃんにはルカのことを愛猫であるキルケアと日本にやってきたが、親と逸れてしまって、見つかるまでの間ここにいるということにしている。

パイロットである俺の父さんと綾子の旦那さんが同じ職場で、当時キャビンアテンダントをしていた綾子に一目惚れして俺の父さんが声をかけて仲良くなり二人は結婚した。

そう、俺の父さんは恋のキューピッド。

綾子の旦那さんは芽乃ちゃんが産まれてすぐに病気で亡くなった。

そのときの悲しみに満ちた綾子の表情はいまでも目に焼きついている。


「この前はごめんなさい」


一緒に行くはずだった虫取りのことを謝ってきたが、芽乃ちゃんは本当の妹のように思っているから気にしていない。


「具合はどう?」


「もう治ったから全力で遊ぶの」


先日まで寝たきりだった彼女の体調も戻り、普通に生活できるようになっている。

夏休み早々に体調を崩しテンションが落ちていた芽乃ちゃんは、数日間を取り戻そうと必死になっている。


「気にしないで。おかげでハルが虫さんたちと仲良くなれたから」


おい、勝手に仲良くするな。

生まれ変わっても虫とは永遠にエネミーなんだ。


「宿題は順調?」


「うん」


例のカブトムシとクワガタの宿題は順調のようだ。


「ねぇ、ルカちゃんってしゃべれないの?」


「外国から来たからまだ日本語がわからないんだ」


「日本語って世界的にも難しいって言われてるから覚えるの難しいの」


「芽乃ね、ルカちゃんと仲良くなりたい」


幼い頃からここに住んでいる彼女にとって同じくらいの年頃の子が来るのははじめてのこと。

だから仲良くなりたいと思いながらも言葉が通じないからどうしていいかわからないのだろう。


「じゃあ一緒にルカちゃんと仲良くなろうね」


芽乃ちゃんはルカの世話役を勝手出た。

その日から一緒に歯を磨いて一緒にお風呂に入って、まだ覚束おぼつかない箸の持ち方や食器の洗い方、洗濯の仕方などを積極的に教えていた。

簡単な日本語を教えるのはできたが、苦手な算数の計算や難しい言葉は飾音に任せた。

こちらとしてもありがたかった。

島の外を探すとなると安易にルカを連れて行くことはできないし、予定ぎっしり埋める飾音もなかなか面倒見られないときもある。

芽乃ちゃんがいてくれるおかげで安心して行方不明の二人を捜すことができるし、俺たちがいない間そばにいてくれる人が一人でもいると本人も安心するだろう。

そうなるとキルケアの情報が頼りになるが、あまりにも手がかりがないため夏休み中に捜し出すには無理がある。

もっと効率の良い方法はないか湯船に浸かりながら考える。

ラグーナの浴槽は比較的浅めに作られているから身体の大きい人や背の高い人が全身浸かることができないが、170センチ弱の俺にはちょうどいい。

でも温度が少しぬるいのでいつも勝手に設定温度を上げている。

ただこの日はいつもの温度のままにしていた。というよりそれを忘れるくらい考えていたらふと閃いた。

急いで風呂から上がり、飾音、星司、キルケアを部屋に呼び提案する。


「二人の似顔絵を描くってのはどうだ?」


「えっ?」


「よく刑事ドラマで見るやつあるだろ?あんなの書いて、『この人たちを捜しています』ってSNSで拡散するんだよ」


「友遼、冴えてんじゃん」


「でも誰が描くの?」


俺も飾音もてんでダメだ、引くほど絵が下手だから。


「星司しかいないだろ?」


昔みんなで近所の公園まで写生をしに行ったことがある。

ベンチや草木、野良犬など眼に見えるものを描いたが散々だった。

俺と飾音は互いのセンスの無さに絶望しながらどっちが下手か言い争っていた。

その間、星司は静かに絵を描き続け、完成したそれを見て俺たちはぐぅの音も出なかった。

俺たちの周りで星司より画才がさいのある人を知らない。

キルケアに特徴を伝えてもらいながら試しに描いてもらうと、

「地球人にしてはなかなかやるな」


相変らず上から目線だが、彼が納得した絵なら十分に参考になる。

ルカとキルケアは島の外に連れていくことはできないので、綾子と芽乃ちゃんに託し、それぞれのSNSに投稿して情報を集めることにした。


**


思っていた以上に苦戦した。

ネットの反応はいまいちで、飛んでくるDMの内容は業者からの勧誘かナンパ系のものばかり。

島の人は誰も見ていないし、日本中となれば無闇矢鱈やたらに捜すのは非効率。

有力な情報は得られないまま数日が経過していく。

夏の暑さが加速していくばかりで夏休み中に足で捜すには限界があったので、ファストフード店で作戦会議をする。

もっと効率の良い方法はないか。知り合いにも拡散してもらうべきか否か。

話し合いを続けるも、堂々巡りで話がまとまらない。

そもそもの足取りがまったくつかめないのだ。

もしかしたらこっちに来ていない可能性も捨てきれない。

奥湊につながるフェリーは北にある街へとつながる道と、南にある他の離島の二種類。

何か目的があって奥湊の南にあるどこかの離島に向かった可能性もある。しかしその道はあまり考えにくい。

ほとんどの人は街に向かうため、南に向かう人の大半は帰省組。

もう一度戻ってフェリー乗り場を管理しているおっちゃんに訊く。


「いやー、見てないな」


長い間この島のフェリー乗り場を管理しているおっちゃんは奥湊のフロント的な役割で、毎日同じ顔の人を見ているから島の住人か否かはすぐにわかる。

失踪した二人は日本人とは違う見た目のため気づくはずだがまったく見ていないという。隣で働く娘さんも見ていないそうだ。

となるともっと遠く?

海外の可能性もあるし、縁起でもないが最悪の場合も想定できる。

一体どこに行ったのだろうか。

足踏みしたまま時だけがすぎていく。

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