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第11話  再会と違和感

春風が頬をかすめていく。桜はすっかり散り、町は新緑の香りに包まれていた。制服に袖を通しながら、澪は新しい通学路を歩いていた。高校生活が始まって、まだ数日。けれど、どこか「既視感デジャブ」のようなものがあった。


──また、この春が来るのを、待っていたような気がする。


そんなことを思ってしまうのは、きっと“あの夢”のせいだろう。

最近、澪はときおり奇妙な夢を見るのだった。


海の中に沈んでいく夢。

誰かが手を伸ばしてくる夢。

そして、自分の足が、ゆらりと光の粒になって消えていく夢──


それは悪夢ではなかった。

でも、目覚めるたびに、胸の奥にぽっかりと穴が空いたような、そんな感覚が残った。


「……おーい! 澪ー!」


遠くから声がかかる。振り返ると、制服姿の翔太が自転車を押しながらこちらに歩いてくる。


「おはよ。今日も遅刻ギリギリかと思ったよ」


「ううん、今日はちゃんと早起きできたよ。翔太こそ、また朝ごはん抜きなんでしょ?」


「……ばれたか」


「もう、体壊すよ?」


翔太と澪は、小学校からの幼なじみ──そう、澪は“そう思っている”。

だが、本当は……その関係に“空白”があることなど、澪自身はまだ気づいていない。


彼は笑いながら少し前を歩き出す。どこか無理に明るくしているようにも見えた。


「ねえ、翔太くん」


「ん?」


「……この間の満月の夜、夢を見たの」


「夢?」


「うん。……誰かが呼んでた。遠くの、海の向こうから」


翔太の歩みが、一瞬だけ止まった。けれどすぐにまた何もなかったように、笑って言う。


「へえ、詩人みたいだな、澪って」


「……なんか、懐かしかったんだ」


彼女の声は風にかき消されそうなくらい、小さかった。


翔太は何も言わなかった。

ただ、ポケットの中で、ひとつの“貝殻”を握りしめていた。


それは、澪がすべてを忘れたあの日──

彼女が最後に残していったものだった。







その日の放課後。澪はひとりで帰り道を歩いていた。

翔太は部活の説明会があるとかで、校舎に残っていた。


風が強くなり、どこか遠くで潮の香りが混じった。


「……あれ?」


ふと、目の前の角を誰かが曲がってきた。


長い黒髪。異国的な整った顔立ち。どこか浮世離れした雰囲気を持つ少女。


その少女は、澪のすぐ横を通り過ぎたかと思うと、ふと立ち止まり、静かに振り返った。


その瞳が、まっすぐ澪を見つめる。


──記憶のどこかに、引っかかる。


──この子……知ってる?


「……久しぶりね、澪」


「え……?」


「ずっと、探してたの。海の底で、ずっと」


少女はにっこりと笑った。


「あなた、忘れてしまったのね。私のことも──自分のことも」


「だ、誰……?」


「私はナリス。あなたと同じ、“元”人魚よ」


その瞬間、澪の胸の奥が、ぎゅうっと痛んだ。


忘れていたはずのものが、引きちぎられるように浮かび上がってくる。


──なぜ涙が出そうなの?


「あなたを迎えに来たの。澪」


少女──ナリスの声は、風のように優しくて、でもどこか哀しかった。








その夜。澪はまた夢を見る。


冷たい水の中。

月が割れ、海が裂ける。


ナリスが立っていた。彼女の後ろに、無数の光る尾ひれが揺れていた。


──帰ってきて、澪。


──あなたは、海に選ばれた存在だった。


目が覚めたとき、頬に涙が伝っていた。

枕元には、見覚えのない“濡れた貝殻”がひとつ、置かれていた。

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