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モリアーティ伯爵令嬢 04

 お義父様より、アイラ様の真実を聞いてから二週間。自分の気持ちもかなり整理された頃、お父様がロンドンの屋敷へ帰ってきた。

 私は嬉しくて、ルーシーと一緒に屋敷の外で待っていた。辻馬車はお父様を降ろすとすぐに去っていったけれど、もう私の意識はそこにない。駆け寄った私をお父様は呆れたように見たけれど、決して私を拒絶したりはしない。

「〈もう幼い子ではないのだから、そんなふうに外で待ち構えていなくてもいい〉」

「〈お会いできるのが嬉しかったので。申し訳ありません〉」

 謝ることでもない、と言いたげにお父様は首を軽く振った。ルーシーにも何かねぎらいの言葉を掛け、ルーシーが頭を下げる。久々に見るお父様の立ち姿はやはり洗練されていて素敵だ。

 休日だったので、お義父様も屋敷で弟の帰りを待っていた。一緒にリビングルームへ戻ると二人は親しげに軽く抱擁した――並んでみるとお二人の顔立ちはやはり似ていて、なんだか嬉しい気持ちになる。

「〈ルーシー、お茶を淹れるのを手伝ってくれる?〉」

「〈いいえ。お嬢様は座ってアダム様とお話していてください〉」

「〈だめよ。私、二人にお茶を淹れてさしあげたいの〉」

 ルーシーを説得し、結局二人で紅茶を淹れて準備をした。お父様は私の淹れた紅茶を飲み、美味しいと言ってくれた。一緒にテーブルを囲むことができるのも久々で、私は自分がずっと笑顔を浮かべていることを自覚していた。

「〈まさか、アザリーがこんなに良く出来た紅茶を淹れてくれるようになるとは。大人になったものだ〉」

「〈そうですよ、私、もう十三歳になるんですから〉」

 私の返答を見てお義父様が声を上げて笑った。よほどおかしいことを言ったようだ。最近の生活について問われ、私は家庭教師に教わった内容などを話した。興味を持った数学の問題、ルーシーと話して楽しかったこと。

 お父様は大袈裟な相槌こそ打たないものの、目を見て話を聞いてくれる。明るく社交的なお義父様とは性格が少し違うけれど、私はこの静かな目つきがとても好きだ。

 ひととおり話をした後、お父様は静かに頷いた。

「〈いろいろと学んで、世界が広がってきているようだな。どうだろう、十三歳になって、何かやってみたいことはないか〉」

「〈やってみたいこと、ですか〉」

「〈わたしたちは、アズが望むものを与えたいといつも思っているからね〉」

 優しいお義父様の言葉も合わさり、私は少し迷った。本当はしたいことがあるのだけど、口にしていいものか悩んだのだ。でもそんな躊躇いは二人ともに見透かされていて、結局白状することになる。

「〈ボランティア活動をしてみたいと思っているんです〉」

「〈ボランティア?〉」

 ノブレス・オブリージュの精神が謳われるこの国において、貴族の慈善活動はメジャーなものだと家庭教師に聞いた。先日のアイラ様の話を聞いて、私の心には正義感の芽が生まれていたのだ。

 何か人のためになるようなことをしたい――そしてそれを家庭教師に相談したら、やはり私の強みは手話と読唇ができることだろうと言ってもらったのだ。

「〈お父様、聴覚訓練所というものを作った貴族がいると聞きました。そういうところで、なにか力になれたりはしないでしょうか〉」

 お父様はあまり感情が表に出ないほうなのだけれど、このときばかりはお父様が驚いているのがわかった。私が思ったより具体的なことを言ったからだろうか。とても頭のいいお父様を驚かせることができたと思うと、それだけでなんとなく誇らしい。

「〈兄さん、どう思います〉」

「〈アズのやりたいことを叶えるのが私の仕事だよ〉」

 兄のあまりの甘さにお父様は少し困ったようだった。若干の間の後、私に向き直る。

「〈アザリー。貴族が行う慈善事業は素晴らしいものだが、質や目的にかなり差がある。家の外に出るとなれば、新しい出会いや苦しみがあるかもしれない。わたしはまだ屋敷の中で守られる存在であってほしいとも思うが、怖くはないか〉」

 私は笑ってしまった。お父様は厳しいような空気を持ってはいるけれど、まったく厳しくない。だってこんなに心配性で、私のことを愛している――やってみたいことはないかと、お父様が聞いたのに。

「〈お父様、私、正しい貴族になりたいんです。お父様がいつも仰る、秩序を重んじる人間に〉」

 お父様は兄と顔を見合わせ、やがて仕方なさそうに頷いた。私がこんなことを言うようになったのが自分の影響だと、もちろん認めたようだった。

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