ボランティア活動を始めてからというもの、私の心には確かな変化が生まれていた。
周りすべてが自分の味方だった世界から一歩を踏み出した。お義父様は私が社会的な活動を始めたことを褒めすぎなくらい褒めてくれたし、お父様は静かに見守りながらもまだなんとなく私を心配しているような感じがある。私にはそのどちらも嬉しく、そして、それゆえに二人のどちらにもアシュウッド男爵のことを相談できずにいた。
聴覚訓練所を支援している貴族に会いましたがとても嫌な感じでした、なんて言ったって、何にもならない。
お義父様の顔を曇らせる。お父様に、やっぱり外に出すのは早すぎたと言われるだろう。
そんな風に思わせたくない。
そして何よりきっと、私は二人に自分の中の暗い感情を打ち明けたくないのだ。
「『アシュウッド男爵のことは、嫌い』」
私は施設の職員に取り計らってもらい、ユアンと二人になれる時間を作るようにした。最初こそあからさまに私を警戒したけれど、何度も訪問を繰り返していくうち、最初は渋々だったかもしれないが――彼は徐々に筆談でやりとりしてくれるようになった。
読み書き能力もさることながら、手話を教えてみても彼の上達は恐ろしく早かった。地頭の良い子だということは彼の所作のあらゆる部分から伝わってくる事実だった。
私は彼のあらゆる行動を急かさないよう注意した。私がアシュウッド男爵に感じたような不信感を抱かせないよう、可能な限り彼の行動をよく見て心から微笑みかけた。彼に寄り添いたいと強く願った。
ようやくユアンと筆談や手話で話がスムーズにできるようになった頃、彼は思い切ったようにそんなことを書いた。
「『嫌い?』」
「『施設の人が、みんなあいつに感謝してる。他の子どもも』」
「『この施設を、全面的に支援している方だものね』」
「『そうだよ。でも、あいつは変だ。何か隠してる気がする。悪いことをしてるんじゃないかって思うんだ』」
ユアンの書いた文字に私は驚いた。どういうことか聞くと、今までにも男爵は施設にいた子を見て、優秀で引き取り手があるからなどと言い連れ帰ったことがあるらしい。
しかしユアンの記憶の限り、それは重度の障碍を持つ身よりのない子ばかりだったというのだ。
「『あの子たちがどうなったかわからない。でもあいつだけがまた何度も施設に来るんだ。そして……いつも、なんだか値踏みするような目で僕たちを見てる。それなのに施設の人は、あいつを聖人と言う。僕は、それがおそろしい……』」
私はユアンが落ち着くまで背中を撫でていた。
彼が選択した「値踏みするような目」というのは、私も男爵について感じていたことだった。
どうしようもなく嫌な予感がしたので施設の職員に確認すると、確かにアシュウッド男爵は子供を引き取っていくことがあるとのことだった。
職員は男爵を褒め称えた。
「『子供の適性を見抜き、子のない貴族様や将来仕事を与えてくれるつもりの者のところへ仲介してくださっているのだそうです。素晴らしいことでしょう? 皆を引き取っていけるわけではないでしょうけれど、選ばれた子たちはきっとみんな幸せになっていますよ』」
職員の誇らしげな言葉を聞いては、なにか異を唱えるようなことは言えなかった。証拠はあるのですか、なんて聞いたらどんな反応をされるかわからない。
「〈子供たちから、その後、手紙が来たりすることはありますか?〉」
「〈そういうわけでもないですが、男爵ご本人から元気にしているようだと伺っていますよ。ちゃんと、ね〉」
「〈そうですか……〉」
私なりに様子を探ろうとした質問にもふわふわした答えしか返ってこない。それでは証拠にならない。
私は確かにこの施設でも伯爵令嬢として丁重に扱われている。けれども職員たちはみな大人で、彼らからしたら私なんて年齢的には子供でしかない。態度からそれを感じることも数度はあった。
(まだ、私自身に貴族としての力があるわけじゃないもの……)
結局なにか確証を得ることもできず、ユアンに伝えられることだって何もない。
でも腹立たしいことに、男爵はユアンを見放したようなことを言っていた――彼が男爵によって連れていかれることはないだろう。そう考えるのが、このときは精一杯だった。