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秩序を追う少女 06

 モランさんはモリアーティ伯爵の使いだと言って、私を施設から連れ出した。その振る舞いはかなり強引だったけれど、彼の貫禄にもはや誰も口を挟むことができなかったというのが正直なところだと思う。

 もちろんお義父様の使いなわけはないから、たまたま通りがかったモランさんが咄嗟に行動してくれたのだと思う――その行動力が、判断力がとても格好良く見えた。

「〈モランさん、あの、私〉」

「〈落ち着け。こっちだ〉」

 モランさんは馬車が去った方向へとにかく向かおうとした私を止めた。何故止めるのかと問う隙もないまま、モランさんはスマートに辻馬車を見つけ出して拾い、私をエスコートする。御者になにか言いつけた後で私にもその内容を教えてくれた。

「〈状況を整理する必要がある。一旦、俺が借りてる家へ行く〉」

「〈私、ユアンを――〉」

 モランさんは手をピタリと止めた。じろりとこちらを見る目がとても鋭く、私はつい怯んでしまいそうになった。それでも私は懸命に手を動かし続ける。

 声という手段に頼れない以上、私がものごとを主張するには――相手の目を強く、強く見るしかないのだから。

「〈あの子を追わせてください。あの子、悪人に――人攫いに引き渡されてしまうかもしれないんです!〉」

「……」

 モランさんは私を見て妙な顔をした。それは何かを憂うような、懐かしいものでも見たような、どうにも不思議な表情だった。その顔を見たら何故か言葉を続けられなくなった。

 それは予感――この人がきちんと私に向き合い、なにか答えを返してくれる予感によって。

「〈詳しいことはまだ言えないが、俺なら、今、お前の助けになってやれる。ただし一番安全なのは、間違いなく引き返してお前の父親に助けを求めることだ。どうする〉」

 モランさんの大きな手で語られる手話は律動的で、動きは早いのに読み取りやすかった。彼の精神的な余裕を表しているかのようだ――無駄がなく明確な手の動きが、筋の通った力強さで私を安心させてくれる。

 私だって、ちゃんと自分が未熟な子供だという自覚がある。自分が困っている時には真っ先にお義父様を頼り、洗いざらい話し、助けてもらうべきだと知っている。

 でもこの人はきっとわかっている。わかっていて聞いている。今の私が決して引き下がれないことを。この人の助けを求めていることを、助けてくれるという意思を言葉にしてもらいたいのだという我儘までを。

 詳しいことなんて聞かなくても、この人の示してくれるあらゆる態度が、信頼できるものと伝わってくる。

 絶対に引き下がれない。だって私はお義父様に心配をかけたくないのだ。

 屋敷に戻って話ができたとしても私はまた迷うだろう。何と言う? どこから説明する? そんなことをしていたらユアンを救えない。

 そういう焦燥が、さっきからずっと私を急かしているのだから。

「〈助けてください〉」

 今すぐに、私を、助けてください。

 モランさんはひとつ頷いた。請け負った、と言われた気がした。最後に一度大きく手を振られる。その瞬間、ああ委ねてもいいんだ――と感じた。

 走る辻馬車が切る風に、自分の運命が乗ったのだ。


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