ポーロックは、本当に次の日もやってきた。
私は半信半疑ながらも気になって、昨日よりさらに早い時間に起きた。身支度も無駄な手順に気付いて少し手早くできたし、部屋を抜け出すのにも問題なかった。
昨日と同じ時間――庭へ行くとまるで風景に溶け込むように彼がいて、綺麗に整えられた花壇を見ていた。立ち姿だけでも様になるんだなあ、とつい思わされる。
「おはよう。いい朝だね」
「……おはようございます」
私に視線を向けた彼は拒否するように手を振り、「おはよう」と繰り返した。なんだか圧を感じて、「おはよう」と言い直す。
「さて、何を話そうか。まずは軽く、僕のかわいい子供の話でも聞いてくれる?」
「えっ、子供?」
「いないよ。信じすぎだって昨日言ったのに」
「…………」
「なんだよ、文句を言っていいんだよ? 秘密の特訓なんだからさ」
理不尽からくる怒りのようなものを若干感じながらも、私はちょうどいい話題に乗ることにした。
「ポーロック、……。あの、これ、秘密なんですか?」
「しかし、呼び捨てで敬語ってのはなかなか斬新な話し方だよね。時代の先駆者になるのは結構だけど、かなり変ではあるよ」
別にいいじゃないかと思いつつ、私には咄嗟にそれを否定できる材料の持ち合わせがなかった。仕方なく、できるだけフランクに話すようにする――と譲歩すると、ポーロックはそれをスルーしつつ首を傾げた。
「それはそれとして、君、まさか誰にも言ってないの?」
「え……だって、駄目かと思って」
「誰がそんなことを言ったっけね。僕の予想だと――っていうか、君の状況なら真っ先にメイドかモリアーティ伯爵にご相談、じゃない? 僕は今朝来たら伯爵が銃を手に待ち構えてるんじゃないかくらいの心持で来たんだよ?」
「まさか」
ふざけた口調で言われて私は首を振った。確かにお義父様は心配性だけれど、そこまで言われるほどじゃない。それに、昨日ちゃんと約束したのにとなんとなく心外だった。
「言ったりしないわ……そんなこと」
「そう? なんか変な方向に真面目なんだね。僕が悪人だったらどうするの? 誰にも相談できずに誘拐されてるじゃん」
「誘拐するの?」
「しないよ。でも悪人ではあるさ、わかるだろう?」
私は反応に困った。軽い調子で話すポーロックは実に自然体で、悪人だと言われても違和感しかない。
でも、この屋敷の庭に何でもないかのように入ってきている時点で、どう考えたっておかしいのもわかる。
とはいえ同意してみせるのはなんだか気が引け、私は質問の答えを催促するだけに留めた。
彼は私を木陰に置いてあるベンチに誘いながら笑う。
「ま、好きにしたら。昨日言わずに通せたなら、そのままでいればいい。そりゃ教授たちは僕の行動を知らないから何か言われるかもしれないけど、その位なら僕も切り抜けられるしね」
「……お父様が来たら、隠し通せるかしら?」
「せっかくだし、多少反抗してみるいいチャンスじゃない? 頑張ってみなよ。君はいいよね、どんなミスしたって殺されやしないんだからさ」
ポーロックの物言いはやけに物騒だった。軽い口調が逆に怖かったけれど、どういうことか尋ねると冗談だよと躱される。
それでも彼とはやっぱり話しやすかった。無責任な話し方が逆に心地よく、口調も一度崩れてしまえばだんだん慣れていった。
彼は自分のことはほとんど話してくれない――というか、話してくれても明らかに嘘っぽいのだけれど、世間のことはたくさん教えてくれた。
今流行っているもの、良い紅茶を出すカフェのこと。とりとめのない話を明瞭な発音とともに聞かせてくれる。彼は私の反応をよく見ていて、私が喜んだ話はさらに広げてくれたりした。
二人で話した時間は三十分程度だったけれど、その間に何度微笑みが漏れたかわからなかった。
「もう行くよ」
やがて彼がそう言うので、私はありがとうと答えた。楽しかったと言うと、彼はまた明日ねと手を振った。
(友達みたい……)
心の中で呟いて意識が逸れたその瞬間、風が吹いたかのように彼の気配が跡形もなく消えた。そこにいたはずの影はもうどこにも見当たらない。一体どうやっているのだろう?
彼がいなくなったら、急に辺りの静けさを実感して少し身体が震えた。あれほど美しいと思った木々の影もやたらに濃く見えてしまう。
もうすっかり明るくなった晴れやかな朝なのに、どこか風景がもの寂しく見えるのはどうしてなのか――と、ここで、私は彼にほとんど警戒心を抱かなくなってきている自分を慌てて律した。