「え?」
「アズは本当に優秀だな。皆とどんな話をしたんだい?」
「兄さんが教えたのではないのですか」
「そうしてあげたいところだが、私には仕事もあるのでね。よほど楽しく使用人たちと話しているんだと思っていた」
「なるほど? そうなのか、アザリー」
「それは、えっと」
視線の彷徨う私を見て、お父様の表情が疑いの色を強めた。非常によろしくない予感がする。
「――しかし、だとすると語彙が豊富すぎる。手術の内容や療養施設についてのことなんて、いつそれほどはっきり話せるように? 誰が教えたんだ」
「あ……」
ここで私はようやく気付いた。
はめられた。確かにそんな難しい話題の優先度が高いはずないのに。ポーロックのにやにやとした笑みが頭にポンと浮かんできた。
あのときの親切。あの会話があったから、私は当然手術や施設についてお父様に説明をしなければいけないように思い込んでしまっていた。
だからバレたんだ。ポーロックはあんなに親身なふりをして、実際のところ、私の秘密がお父様に見破られるような罠をかけていたんだ……。
「…………」
「アザリー?」
「…………」
私は彼への怒り、それ以上に去来したものすごい罪悪感とに負け、全てを正直に話した。
屋敷の庭にポーロックという若い男性が来ていたこと、お父様と私のことを知っていたので信用してしまったこと、細やかな気遣いをしてくれて、たくさんのお喋りに付き合ってくれたこと――手術のことも、お父様に話せるように一緒に練習したこと。
お義父様はものすごく驚いていたけれど、お父様のほうは思っていたより冷静だった。そうか、と言う言葉には妙な諦めのようなものが珍しく見えた。
「あの……ごめんなさい。お父様」
「謝るようなことではない。それは確かにわたしの部下で比較的関わりが多いことも事実だ。それに、そういうことをしそうな男だ」
「自由な人でした……」
そうだろうな。お父様は溜息を吐き、「特に害にはなっていないな」と重ねて確認する。私が大きく頷くと、それならいいと言われた。
「しかし、普通は庭に見知らぬ者がいたら普通は助けを求めるものだ。今後は気をつけなさい」
「はい……」
「しかし驚いたな。アズが私に隠し事か。こうして、大人になっていくんだな……」
お義父様がとてつもなく悲愴な表情をされたので、私は慌てた。怒られるより悲しまれるほうがつらい。
もちろん自分のせいだけれどポーロックに対しても怒りをぶつけたいような気分になったとき、お父様がふと続けた。
「しかし、あれは優秀だが、なかなか厄介な男でもある。心して接するように」
「……どういうことですか?」
「ポーロックのことを若い男と言ったが、わたしが知る限りあいつは若くはない。おまえが見た風貌も、お前が会話を交わした人格そのものも、おそらくわたしが今思い浮かべているものとは大きく違っているはずだ」
「え? だって、彼はどう見ても……普通の男の人でした」
「情報収集とさまざまな変装、工作を得意とした男なのでな。誰もあいつの本当の顔を知らないのだ――仕事は大変にできるので問題にしていないが、同年代とは思わないことだ。なんなら、今度年齢を聞いてみるといい。きっと嘘を吐くだろう」
私は驚いた。確かに不思議な印象の容貌だと思ったし、何度も彼の雰囲気が揺らぐように見えた。でもまさか年齢や本当の顔すらわからないなんて、にわかには信じがたい話だ。
「ポーロックにしてやられたな。おまえの会話能力が向上するのは喜ばしいが、素直に頼ると痛い目を見ることもある。わたしにおまえの誤魔化しが知れるくらいでは何にもならないがね」
あいつなりの洗礼といったところだろう。お父様の達観したような物言いを受けて、私はついに言葉を失った。