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泡沫のアリストクラシー 01

 社交界デビューの場は、それはそれは豪華に設えられたらしい。私はパーティが始まった後にお義父様と入場することになっているので、支度が整った後いったん控室に通された。

 中では、侯爵夫人が待っていてくださった――彼女の深紅のドレス姿があまりに美しくて、ひどく緊張して固まっていた心が少し華やいだ。

 彼女は私のドレス姿を見て、にっこりと微笑みかけてくれる。

「アザリー、とっても素敵よ。今日の場が良いものになりますように」

「レディ・ストラフォード、ありがとうございます。光栄です」

 侯爵夫人は「モリアーティ伯爵の宝だもの」と言ってずっと良くしてくださっている。今身に着けているものも、純白のドレスをはじめとして何から何まで――夫人からの紹介で特別に仕立ててもらったとてもよい品だ。

 夫人は私の格好を近くで確認し、やがて満足そうな様子を見せた。

「さすがに、伯爵の娘さんね。本当に美しいわ。気品も、あの子に似てるのかしら……」

「母のことですか?」

「ええ」

 相槌に何と返せば良いのかわからない。私自身はアイラ様自身のことをほとんど知らないけれど、目の前の夫人はそうではないのだ――お義父様の説明を思い出す。沈黙を私の困惑とみとめて、夫人は小さく笑った。

「伯爵から聞いているかもしれないけど、二人を取り持ったのは私なの」

 切なそうに言われて、私は静かに頷いた。

 元々お義父様は、伯爵家嫡男として早い結婚が望まれる身だった。そこで、すでにモリアーティ家との繋がりがあった侯爵夫人が何人か候補を紹介した。その中に、当時の社交界の華であったアイラ様がいたのだと。

「伯爵はね、あの頃……社交界で受ける令嬢たちの視線や期待に疲れているように見えたの。良い紹介をしてあげられたと思ってた。だけど結果として、私は伯爵を傷付けることになってしまった――アイラのことだって……」

 夫人は私の顔を見つめて、柔らかく微笑んだ。

 アイラ様と私が似ている訳はないけれど、綺麗に整えてもらって貴族然とした姿に夫人は何かしらの共通点を見出してくれたようだった。お義父様も信頼していいと言っていた――夫人の目には、確かに優しい色だけが宿っているように思える。

「こんな話をしてごめんなさいね。だから私は勝手に、あなたには何でもしてあげたいくらいの気持ちでいるのよ。伯爵があなたの社交界デビューをと頼んでくれたことだって、嬉しかった」

 彼女の言葉を聞いて胸が温かくなるのを感じた。どこか母のような優しさがそこにある気がしたのだ。

「これからも、私に出来ることがあったらぜひ頼ってちょうだい」

「心強いです。私のほうからも、どうぞよろしくお願いいたします」

 お義父様が大切にしてきた縁が、こうして私にも素晴らしい恩恵としてあらわれる。ありがたいと思いながら、お義父様が夫人の人脈は本当に凄いからと言っていたことをふと思い出した。

「あの……本日は、大変な人数がいらっしゃっていると伺ったのですが」

 尋ねてみると、夫人の顔がぱっと輝いた。

「そうよ! 私の持つ力をすべて使って、大々的にお披露目しようと思ったの。同年代の伯爵令嬢も呼んでいるから、きっとお友達が出来るでしょう。喜んでもらえるといいんだけれど」

 ポーロックも言っていたその件については、私も楽しみにしていた。きっと今日出会う令嬢たちとは、これから先の社交界でも長く関わっていくことになるはずだ。同性の友達という響きにも胸が弾む。とはいえ夫人の自信に溢れた口調を聞いて、少し不安になった。

「伯爵は今まであなたを大事に隠しつつ自慢だけはものすごくしていたから、みんなとっても期待してるわよ。でもあなたならきっと大丈夫。頑張ってね、アザリー」

「……精一杯努めます。レディ・ストラフォード」

 変わらぬ明るさで続いた言葉を聞いて、感じたばかりの不安がさらに大きくなった。私の知らない貴族たちの期待の重さ。そして好奇の目にさらされる予感。

 だけどお義父様やポーロックのおかげでかなり社交界の勉強はできたのだし、きっと大丈夫だと自分に言い聞かせる。ここまで来ると緊張が顔に出てしまったのか、夫人はフォローするように手を振った。

「でも、きっと視線は分散するわよ。今日は伯爵との再婚を狙う怖いマダムたちも……たくさん、来てしまっているから」

 私がぎょっとすると、夫人はにこりと笑った。とても魅力的な微笑みだった。

「冗談よ。そんな人たちがあなたに敵うはずないもの」


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