入場した瞬間は、とにかく眩しかった。クリスタルのシャンデリアが放つ光が大理石の床に反射してきらめいたのだ。
今まで晒されたことのない、多くの人の視線。その一本一本すべてがまるで見えない獣となって襲い掛かってくるような重圧を感じた――見られている。評価されている。そう肌で感じた。香水の甘く重い香りと声の洪水が私を押しつぶしていく。
そんな中でも私は教わったとおりとにかく堂々とし、姿勢を美しく保ち、笑顔でいることを心掛けた。
もちろんお義父様のエスコートが完璧だったので、不躾な言葉をぶつけられることはなかった。すぐ近くにあるその凛とした表情と、丁重ながら隙のない挨拶の繰り返しを見ているうちにだんだん落ち着くことができた。
『あいつら、基本的に減点方式だからね。何といっても隙を見せないことが大事だよ。あとは――』
ポーロックが教えてくれた「裏技」。
お義父様に従って挨拶回りを無事に終え、少し自由に動けるようになった。私はポーロックがまとめてくれたリストの一番上に載っていた女性の元へ向かった――一人で歩く背中にも無数の視線が突き刺さるようだった。
私を評価する会話も、この耳に届かないだけでどれだけ交わされているのだろう。そう思うと気が滅入った。
「あの……」
「あら、アザリーさん。いかがなさったの? 私のところでなく、もっとお話すべき方がいらっしゃるでしょうに」
「いえ。レディ・ウィンザー。私、ぜひあなた様とお話をさせていただきたいと思っていたのです。ご無礼をどうかお許しください」
私が堂々と告げてみせると、彼女……ウィンザー侯爵夫人は不思議そうにしながら私に向き直った。彼女は故ウィンザー侯爵の夫人、つまりは未亡人だけれど、ポーロックの手に入れてくれた写真以上に強い存在感を放っていた。
濃いメイクと豪奢な真青のドレスも相まって気圧されそうになっても、見下されるわけにはいかない。
「パーティの主役はあなたよ。お話してくださるというなら光栄だけれど、いったい何の話を? まだ地位権力の話は、お早いんじゃないかしら」
「いいえ。あの、紅茶のお話です」
「え?」
「レディ・ウィンザーが紅茶の名手として品評会や勉強会をよく主催されていると、以前レディ・ストラフォードから伺ったのです。私は昔から紅茶が大好きで……。社交界デビューを迎えられたら、絶対にお話をするんだと決意しておりました」
「――まあ……そうなの?」
プライドからなのか実にとげとげしかった夫人の口調は、表情と合わせて明らかに和らいだ。とはいえ少し疑わしいような目で、彼女は小さく首を傾げる。
「……どんな紅茶が好きなのかしら?」
「やはり、その名の美しいものに心惹かれます。シルバーティップス・インペリアルを初めて知ったときの心の震えは、今でも忘れられません」
丁寧に言葉を紡ぐと、今度こそ彼女の目がはっきりと輝いた。今私が口にしたのは、彼女がもっとも愛する紅茶の名だ。
「嬉しいわ。実はそれは、私が一番好きな紅茶なのよ」
「本当ですか? でも、私、数度しか飲んだことがないのです。珍しい品種は、手に入れたいと思っても難しくて……」
「私なら、いつでも手に入れることができるわ。もし良かったら、譲って差し上げることもできてよ」
「さすが、本当の『紅茶通』でいらっしゃるのですね! いただくのは恐れ多いことですが、私――ますます紅茶の勉強会に参加してみたい気持ちが強くなってしまいました」
控えめながらにっこりと笑いかけると、ウィンザー夫人の口元は確かに綻んだ。心を開いてくれたらしいのが、なんとなく伝わってくる。
「であれば、近々あなたを正式に招待しましょう。素敵な趣味をお持ちね、アザリーさん」
「ありがとうございます。憧れだけで直々に伺うことを迷っておりましたら、レディ・ウィンザーは慈悲深く素晴らしい方だからと父が申しましたので、勇気が出たのです。そのとおりの温かいお言葉、心より感謝いたします」
「……!」
ウィンザー夫人は、対面の瞬間からはとても信じられないような上機嫌でその場を送り出してくれた。次の夫人の元へ向かいながら、内心深い溜息を吐いた。
(上手くいった……のかしら……)
ポーロックとの会話を思い出す。彼は何故かパーティの参加者リストを持っていて、数枚の写真と共に私に放り投げたのだ。
『何なの、これ?』
『呆けてないで覚えるんだよ。君の〈お父さま〉と再婚したがってる女の中でも大御所だ。そいつらを最初に押さえて、好かれるついでに君の存在がメリットだと思わせる。今後のためにはそれがどう考えたって最優先だね』
『……なんだか、すごくイヤなんだけど。そういうの……』
『あーそう。めちゃくちゃ頑張って作ったのにさ。じゃあ失敗とともに学んでいきなよ。ちなみに社交界じゃ話し掛ける相手と順番で君の父親の評判も地に堕ちたりするからね』
『え……ポーロック、待って。お義父様には、迷惑を掛けたくないわ』
『んじゃそのリストは君の大事な宝物だ。擦り寄ってる感なく自然に会話できるよう、全員の好物も叩きこんでおくといいよ』
『…………』
自分の記憶力が嬉しいような悲しいような、複雑な気分だった。「裏技」の抜群の効き目に、私は早くもうんざりし始めていた。