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泡沫のアリストクラシー 04

 社交デビューを果たすことになってから、お父様が屋敷を訪れる頻度は少なくなってしまった。

 私と、さまざまなことに気を遣っているらしいのはわかるのだけれど――淋しいので手紙の頻度は上がっている。考えを整理するのにも、ちょうどいい。

 ということで、怒涛の一日を終えた後も私は真っ先にお父様へ手紙を書いた。

 社交界はとんでもないところだったこと。でもいろいろな人が助けてくれて、心温まる時間もあったこと。

 とはいえ、これから始まる社交界との付き合いが不安であること。

 初めて出来た友達は一年ぶん先輩なので、相談したりして仲良くなりたいと思っていること……。

「お嬢様、本当によいことでございましたね」

 ルーシーも、社交界デビューが無事に済んだことを喜んでくれた。部屋で紅茶を淹れてくれる間にも、何度か感慨深そうに息を吐いている。

「ええ……友達ができて、嬉しいわ」

「私も胸が温かくなる思いですよ。ご友人は、さぞかわいらしいお方なのでしょうね?」

「かわいらしいというよりは、美しいって感じかも」

 べた褒めですね、とルーシーは笑った。私は彼女が話を聞いてくれるのが嬉しくて、昨日のパーティのことを――もちろんポーロックの「裏技」に関わる件を抜いて話した。きらびやかな世界の話をルーシーは羨ましがったけれど、私にとってはほとんど楽しめるようなものではなかった。

 幸い私の振る舞い自体は問題なかったようで、お義父様に褒められた。私はこれでいよいよ権力者であるストラフォード侯爵夫人を後ろ盾とした貴族として認められたことになり、恵まれつつもプレッシャーの大きい立場となった。

「なんだか……」

 冗談のような一夜は、数日経ってもまったく現実感を伴ってくれなかった。

 あれほど盛大なパーティに出て、侯爵夫人とお義父様からの紹介を受け、名だたる貴族たちからも丁重な挨拶をされた……。

 今後いくつかのお茶会やイベントに招待するというお話も、いくつもいただいた。

「どうされました?」

「ううん。急に大人になってしまったみたいと思って」

 声に力がなかったか、ルーシーは大変だったのですねと頷いてくれた。

 でももう後戻りはできない。どうしたって、私はこれから一人の貴族――モリアーティ家の伯爵令嬢として生きていかなければいけない。

 お義父様は普段のお仕事に加えてこんなプレッシャーの中で生きていたのかと改めて驚かされた。反省した私はもっと頑張らなければと思い、さっそくお義父様と一緒にパーティを振り返ろうとした。しかし。

『昨日のことは、思い出したくないな……少なくとも、しばらくはね』

『お義父様……大丈夫ですか?』

『あんなに囲まれるとは思わなかったよ。アズもそう気負わず、まずはゆっくり休みなさい』

 お義父様はものすごく疲れた様子でそう言った。聞いたこともないような声色だった。やはり娘である私が社交界デビューを迎えたのを皮切りに、ご婦人からのアプローチが解禁されたのだ――きっと、今まで密かに抑えられていた分も。お義父様がすべての誘いを上手くかわしきったらしいのは、驚くべきことだ。

 一人の貴族として認められても、今すぐに変わるものがあるわけじゃない。友人と親しくなるところから始めればいい。

 そう言われたことに甘え、私はイヴに宛てても手紙を書こうとしていた。

「ご友人との文通、とてもよいと思いますよ。お嬢様も、これからお手紙を書く機会がきっと増えますから」

「やっぱりそうよね。お義父様も、いつも大変なのかしら?」

「ええ。これからいろいろな招待状も届くでしょう。お嬢様、立派な貴族さまになってくださいませね」

「頑張るわ……ちょっと、不安だけど」

 ルーシーは大丈夫ですよと微笑んだ。その優しい声色を聞くたび、やっぱり声を手に入れておいてよかったと思う。

 昨日のパーティで、声や言葉にさまざまな裏があるとよくわかった。友好的な言葉でも挑発的な口調、最低限の言葉でも優しい口調。ポーロックが言っていたことの意味が、実感となって自分の中にある。

 社交界は一筋縄ではきっといかない。それでも、対応できるだけの基礎が自分にあることがありがたかった。

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