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泡沫のアリストクラシー 05

 最初に届いた招待状は、なんとウィンザー侯爵夫人主催のお茶会への誘いだった。有力な女性ばかりが集まる場所で、最初に参加するにはハードルが高すぎると相当慌てたけれども、参加しないわけにはいかなかった。

 ポーロックに効果覿面だろうと笑われながら迎えた当日。ウィンザー夫人は私にとても優しくて、思っていたよりは無難にこなすことができた――顰蹙を買わないようにするのに精いっぱいで、心から楽しめたとは到底言えないけれど。

 すると、今度はそこで知り合った紅茶好きの女性たちから誘いが来るようになった。紅茶という万人受けするテーマがよかったのか、私は「ウィンザー夫人に目をかけられた伯爵令嬢」として思ったよりも広く認知されたらしいのだ。

 ここまですべてポーロックの想定通りなのかと思うと、背筋の凍る思いがする。

 社交界デビューの宣伝力はすさまじいもので、しばらくは大小さまざまなイベントに招待された。とにかくひとつひとつに対応していくのに必死で、日々が過ぎていくのがとても速く感じた。

 私の社交デビューはシーズンの初めのほうだったので、余計だった――忙殺されているうちに時は流れ、街に吹く風が冷たくなってきたころにようやく落ち着くことができた。

「よかった……イヴからの手紙だわ」

 私はルーシーが届けてくれた郵便物の中に、新しい招待状がないと知って安堵するまでになっていた。

 そしてその日の束の中にあった上品な封筒には、流れるように美しい字で彼女の署名があったのだ。

『アザリー。元気かしら。怒涛の招待の波は乗り切ることができた? 見かけるたびに大変そうだと思っていたわ。私は父の仕事の関係でシーズンが終わってもロンドンにいるから、良ければお茶会をしましょう』

 相変わらず彼女の言葉は少し皮肉っぽくて、彼女も社交シーズンの終わりを心待ちにしていたことが伝わってきた。つい笑みが零れそうになってしまう。

 シーズン中のパーティで彼女を見かけることは少なかった。彼女の社交嫌いも相当なもののようだ――でも大きい舞踏会などではお父様と一緒に姿を見せることもあって、そのたび私にこっそりと微笑みを向けてくれていた。

 文通はしていても個人的に会うことがなかったのは、彼女の気遣いゆえだったのだ。

 やっと落ち着いて話ができるかもしれない。そう思って、私は心軽く筆を執った。


 それからイヴと結ばれた交友関係は、とても楽しいものだった。私はお義父様に頼んで彼女を屋敷に招待したり、ルーシーに付き添ってもらって彼女と街に出たりした。

 彼女は二人でいる時は、優しく笑ったり冗談を言うことさえある。けれども――パーティで会うとその美しい瞳に暗い影が落ち、他者を拒絶するような冷たい雰囲気を放ってしまう。

 それに、彼女は時折ひどく悲しそうな顔をすることがあった。私と一緒にいる時でも、まるで彼女は自分一人取り残されているような孤独を滲ませるのだ。

「ねえ、イヴは……えっと、社交が嫌いなの?」

 気になったので、二人で会ったときに勇気を出して聞いてみる――私といるのが嫌いなのかと聞く勇気はさすがになかった。すると彼女は小さく笑った。

「あなただって、好きなわけじゃないでしょう」

 それはそうだけど、と私は誤魔化す。

「参加しないと噂を立てられたり、家としての不利益になるんじゃないかと思って」

「真面目なのね、アザリー。私はもううんざりしすぎて、そんなこと気にならなくなっちゃったわよ」

 イヴは私の肩に優しく手を置いた。彼女の口調には嘘がないように見えて、今までどれだけ辛いことがあったのだろうと思わされた。

「でも、あなたのことが心配なの。ずっと元気がないように見えるから」

 彼女は私の言葉に少しだけ目を見開く。何かを私に打ち明けようとして、そして諦めたような気がする。

「……ありがとう。大丈夫よ」

 その表情もどう見ても大丈夫ではなくて、私はもどかしい気持ちになった。何か言ってあげたくて、社交界デビューの時に会った彼女の父を思い出す。

 閃いた気分だった。

「社交界で辛いことがあるなら、お父様に相談してみたら? 打ち明けたらきっと力に……」

「駄目よ!」

 時が止まったようだった。突然の大きく鋭い声に、反射で肩が竦む。一瞬にして空気が張り詰め、イヴは明らかに表情をこわばらせた。

「イヴ……」

「……ごめんなさい。でも、父には相談できないの。アザリーのお父様とは、ちょっと違うから」

 私にとって父は何よりも頼れる存在だ。悩みを話したらきっとすぐに助けてくれる――だから口にしてしまったのだけれど、彼女にとってはそうではないようだった。私は自分の軽率な発言を反省した。

「私こそごめんなさい。何も知らないのに、勝手なことを言ってしまったわ」

 いいの、とイヴは首を横に振った。また会いましょうと彼女は言ってくれたけれど、私は彼女があれほど取り乱すなんて何事なのだろうと疑問を残さざるを得なかった。

 そして、その謎はしばらくして解けることになる。


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