イヴは結局、どうしようもない痛みを抱えたまま屋敷を去った。忘れてと、何度も微笑みながら私に言った。
『解決してほしい訳じゃない。きっともう限界だったのよ』
『誰かに話したくて――本当は、助けを求めていたのかも。だからきっと、あなたのデビューの場にも行ったのよ。社交界に染まっていない友達が出来るかもしれないと思って……』
(そんな風に思ってくれたのに)
彼女は過酷な状況に何年も身を置かれていながら、私を気遣ってくれた。私が彼女の苦しみに気付けて本当によかったと思うと同時に、どうしても彼女の苦しみを解決したいとも思った。
でも、こんな話はルーシーに聞かせられない。彼女が帰った途端に話を聞きに来た彼女には、お義父様に言うべきことだったと誤魔化してしまう。
「犯罪」の話なら、色々な知識を持っているポーロックに相談してみたかった。けれどポーロックは少し前から、まったく姿を見せなくなっている――社交シーズンが終わった頃からだろうか。
彼は今までにも何度か予告もなく姿を消しているのでおかしくはないけれど、彼がここにいてくれたらと思わずにはいられない。
私は迷った結果、素直にお義父様へ助けを求めることにした。昔、頼られなかったと悲しそうな顔をされたことは私の中でもかなりのトラウマになっているのだ。
ルーシーに仲介してもらって、夕食後にお義父様の部屋へ行く。お義父様は、すでに真剣な表情で私を迎えてくれた。
「お忙しいのに、申し訳ありません。お話したいことがあって」
「気にすることはない、君が心配なんだよ。私が帰ってからずっと元気がないじゃないか」
「え、ええ……」
あまりに優しい声がありがたいと同時に、助けてくれる人のいないイヴを思い出してまた辛くなった。とてもひとりで抱えていることはできない。
私がイヴとのことを正直に打ち明けると、お義父様はゆっくりと頷いた。
「君は、彼女を助けたいんだね」
「はい。……でも、どうしたらいいか分からないんです」
イヴの抱えている問題は、中途半端なことでは解決しない。家族のことがある限りイヴは苦痛を感じ、未来を悲観し続けてしまう。でも彼女の家族の不正をやめさせることは、私ひとりではできない。
「アダムに、相談してみるかい?」
囁きは確かに耳に届いた。半ば以上に予想された言葉に、私は顔を上げる。
お父様が率いるのは――犯罪組織だ。私もほとんど実態を知らない、でも、世界を変える力のある組織。
形振り構わず助けを求めたら、受け入れられる気がした。それは私だからというより、お父様が秩序を愛する人だからだ。貴族による不正取引、そして殺人。お父様が放っておくはずがない。
きっとアシュウッド男爵の時のように、魔法のように犯罪が暴かれる。そして。
そして?
イヴの家は没落する。全員が犯罪に加担していると言っていた。彼女には家族がいなくなる。自分の家が、紙面で知ったアシュウッド男爵家の行く末を追うことになる。
「……」
お義父様は私を決して急かさなかった。悩んだけれど、私は結局少し考えさせてくださいと言ってしまった。お義父様は散々黙っていた私を、それでも責めずに微笑んだ。
「思考することは大事だ、アザリー。君の父親は、君をいつでも救える力を持っているが――それを、振り翳したい訳ではないんだよ。いかなる瞬間においてもね」