何度も彼女の夢を見た。
何度も彼女に手を伸ばした。
何度も――目の前で、彼女が死んだ。
「お嬢様……」
ルーシーがいつもの気遣わしげな声で私の名を呼び、紅茶の準備をし始める。ソファにぼんやりと座ったままの私は何かを言おうとして、上手くいかない。せめてと思って頷く。
(ルーシーの声が、日毎に暗くなっていく……)
分かっている。分かっているのに、何もできない。私の好きだった紅茶の香りがふわりと部屋に広がっても嬉しそうな顔ひとつできない。身体中を重い鎖で縛られたような感覚に私はずっと支配されていた。
あの日――イヴ・ハーディング、私の友達が目の前で死んだ日を最後に、私の人生からは全ての色が抜け落ちてしまったようだった。
「お嬢様、せめてお飲み物だけでも」
「……ごめんなさい。ありがとう、ちゃんと飲むようにするわ」
私の口調から、ルーシーは私の精神状態がわずかも良くなっていないことを確認したらしかった。
「何か召し上がられそうでしたら、いつでも呼んでくださいね。お嬢様」
「ありがとう」
私のとても呼びそうになんてない返事をみとめて、それでもルーシーは頷いてくれた。悲しげな色をたたえた瞳で私を見て、そっと部屋を出ていく。
(こんなことでは……)
深呼吸をして、首を横に振る。
ルーシーは、私の友人が「謎の失踪」をしたことでショックを受けた私を気の毒になるくらい心配してくれている。彼女と「最後に会った」のもルーシーなので、きっと責任を感じてもいるのだと思う。
何も悪くない彼女に、いったいどれだけ負担を掛ければ気が済むのか。私は机の上に置かれた新聞を取りに立ち上がった――ふとした瞬間にも、泣きそうになる。
ここ最近は、ずっと同じニュースが紙面のトップを飾っている。
『伯爵令嬢いまだ見つからず』
(……)
イヴの遺体は発見されなかった。あの大橋の下の現場も恐ろしいくらいまったく話題になっていない。ポーロックが……「組織」がどんな方法で彼女の死を隠蔽し切ったのか、私には見当もつかない。
令嬢は自分の屋敷から突如失踪した。夕食は屋敷で取ったと使用人が証言している。
部屋が荒らされた形跡等がないことから、恐らくは夜以降にみずから屋敷を抜け出したのではないか――そんな第一報から、特に進展はないようだった。彼女の家族は必死になって彼女を探しており、警察も全力で捜索中、情報提供を呼び掛けている。
(もう、死んでる)
二度と帰ってくることはない。
あの光景が夢ならよかった。あの夜私は外に出なかった。ポーロックも来なかった。何も起こらなかった。そうであったらどんなにいいかと、何度も思った。
あの夜から私はろくに眠れていない。何度も思い出しすぎて、こんな記事にももはや冷めた感慨しか抱けなくなってきている。
彼女はもう死んでいるのだ――私のせいで。
ポーロックはあの日からまた姿を見せていない。というか、私が庭に出ることもなくなった。モランさんとも会えていない。
けれどどこからか、お義父様には話が伝わったようだった。私を呼び出したお義父様は、一切私のことを責めなかった。
君のせいじゃない。全ては限界だったんだ。
君が怪我をするようなことにならなくて、本当に良かった。アダムもそう思っているよ。
無理をした様子もない、心底私を気遣うような微笑み。
お義父様の優しさに溢れた言葉が、私にはかえってとても痛かった。だって――彼女は苦しんではいたけれど、きっと限界ではなかった。私に会うまでは。私が会って、彼女を無理に説得しようとしたから限界に達したのだ。
これが私のせいではなくて何なのか?
お義父様は何も悪くないのに、イヴが死んでも私が無事で良かったと言われたことに悲しくなりさえした――もう、精神状態が滅茶苦茶だ。
イヴが言っていたことも、モランさんの言葉もずっと頭の中を回っていた。自分が悪いことは自分が一番分かっている。それなのに、屋敷の人は誰も私を責めないし、私を責めるような人たちは屋敷にやってこない。
私は屋敷に閉じ籠り続け、地獄のような罪悪感に苦しんだ。