お義父様は、社交嫌いだ。
今は。
それはアイラ様のことがあって、たくさんの婦人たちから言い寄られるようになったからだ。貴族の犯罪を知り、幻滅し、その後にさえ再婚をと迫ってくる女性たちにうんざりしたから。
だから、社交嫌いに「なった」のだと思っていた。
私は人気があったんだよ、なんて冗談めかして言っていたこともある。スマートな立ち居振る舞いは今も変わらないし、私という存在があることもあってお義父様は社交界に顔を出し続けている。
それこそ昔から、目立つ存在であり続けているはずだ。
(確かに私が社交界に出てからは、ものすごく嫌そうなのは伝わってきていたけど……)
だから、ローレンス様の言葉はかなり意外だった。ついノートを見つめてしまう。
『兄上は貴族の令嬢との結婚など御免だと、ずっと言っていた』
ストラフォード侯爵夫人とも、お義父様が結婚したときのことを話した気がする――そうだ、お義父様が周囲からの期待に疲れていた、というふうに聞いたのだった。
伯爵家嫡男の身だからもちろん期待は大きかったのだろうけど、ローレンス様の書きぶりでは嫌がりようはそんなレベルではないように見える。
またローレンス様に見咎められないよう、私は顔を上げて興味を示すように笑顔を見せた。もっと情報が欲しい。
『それって、いつからなんですか?』
『昔からだよ。兄上はお披露目も早かったから、縁談がいくつもあったんじゃないかな。それが嫌だったんだろうね。私が誰に干渉されることもなくアリスと結婚したときは、お前はいいなと言われたものだよ』
『なるほど――でも父は、母のことをとても愛していたそうです』
『そうだろうね。アイラさんと出会って、兄上はすぐに動き出した。それまでとはまるで別人だったよ。まもなく君のようなかわいい娘も生まれて、幸せそのものといった様子でね』
やっぱり立場をプレッシャーに感じて、ご令嬢たちのことも苦手だと思い込んでいただけなんだろうな。
ローレンス様はそこまで書いて、ペンを置いた。私にするような話ではなかったと改めて思ったようだ。
『私は結婚が早かったから、社交界にはほとんど出ていないのだけど……いろいろと気を遣うことが多くて、体調を崩すこともよくあるそうじゃないか。本当に、ゆっくり休むんだよ』
話が変わったので、私はいったん追及を諦めた。ローレンス様の話を聞かせてもらう。
アリス様は、当時の職場に近いレストランの店員だったこと。ローレンス様が一目惚れをしてアプローチしたこと。アリス様が結婚したら静かな街に住みたいと言ったので、バースで職を探して駅員になったこと……。
妻の名前を書くときでさえ、彼の目は愛情に溢れていた。目線だけでこれほど感情が伝わるものかと感動してしまうくらい。
私も、真実を知る前はお義父様にアイラ様の話をされたことがある。大切だった、愛していたと言っていたけれども、その時のお義父様はどんな目をしていたのだったか。ローレンス様のように、まっすぐな愛情がそこにあったのだろうか。それとも……。
特に印象に残っていないのは、ただ私が幼かったからなのか? その答えは、私には分からなかった。
ローレンス様は私がアイラ様のことを知りたがっていると思ったらしく、気になるなら社交界にいる知人に昔の話を聞いてみようかと提案してくれた。
私が――娘が、母の存在した証を求めているように見えたのかもしれない。
ありがたいことではあったけれど、そうなればローレンス様はアイラ様の悪事を当然知ってしまうことになるのではないか? 真実を知ったとき、この目が悲しみで濁ってしまうのを想像するだけで苦しい。
『お気遣いありがとうございます。でも……母の話はそっとしておくべきだとも、今は思っていますので』
私は迷い、結局その提案を丁重に断った。ローレンス様の優しさを無下にしたくない気持ちと、それ以上掘り返したくない思いが交錯していた。